水不足が深刻化する世界において、炭素除去は「どれだけ除去できるか」だけでなく、「どのような資源制約のもとで成立するか」が厳しく問われ始めている。そうした中、水を消費することなく、むしろ生成しながらCO₂を回収するという逆転の発想で、直接空気回収(ダイレクト・エア・キャプチャー、以下DAC)の前提条件を書き換えようとしているのが Avnos である。2025年には 三菱商事 と Shell の支援を受け、商業実装を見据えたHDAC施設「Project Cedar」の建設を決定し、Avnosの水ポジティブDACは研究開発の段階を越えて実装フェーズへと踏み出した。本インタビューでは、投資銀行からクリーンテクノロジーへと転身したCEOのWill Kain氏が、金融、水、エネルギーという異なる領域を横断してきた自身の経験を手がかりに、なぜ「水を消費しないDAC」が不可欠なのか、そしてDACをパイロットから産業インフラへ引き上げるために何が求められているのかを語る。炭素除去が“将来の選択肢”ではなく“現実の経営判断”へと移行しつつある今、日本企業にとっても、本対話は次の一手を考えるための具体的な示唆を与えるものとなる。
Q: まずは、投資銀行でのご経歴からクリーンテクノロジー分野へ転身された経緯についてお聞かせください。
大学卒業後、私は投資銀行でキャリアをスタートさせました。金融の視点を通じて、できる限り多くを学ぼうとしていたからです。
転機となったのは2006年頃でした。当時、「グリーンテック」や「サステナブル・テクノロジー」と呼ばれていた分野が立ち上がり始めており、金融のスキルを活かしながら、意義のある仕事に取り組める産業があると感じるようになりました。投資銀行で培ったスキルを、エネルギー転換という世界規模の課題に応用したいという思いが、その背景にありました。
当時はニューヨークに住んでいましたが、地理的な移動であると同時にキャリアの転換として、ロサンゼルスへ移る決断をしました。気候テック分野で最初に携わったのはバイオ燃料企業で、その経験を通じて、私はこの分野に完全に引き込まれていきました。
その後、私の仕事の大きな焦点の一つとなったのが、高度水処理です。特に、世界的な水不足と、それに対してテクノロジーがどのように貢献できるかという点に強い関心を持つようになりました。
この視点は、現在の私の気候テクノロジーへのアプローチを根本的に形作っています。二酸化炭素除去、とりわけダイレクト・エア・キャプチャーを「水」というレンズを通して捉えたことも、Avnosが設立されるに至った重要な要素の一つです。
Q: 多様なリーダーシップの役割を経験されていますが、それらはAvnosのCEOとしてのアプローチにどのような影響を与えていますか。
私にとってリーダーシップとは、突き詰めると「人とどのように協働するか」に尽きます。チーム、同僚、投資家、そして顧客との関係性こそが、その基盤だと考えています。
時間の経過とともに、私のリーダーシップスタイルは、協働とエンパワーメントを重視する方向へと進化してきました。人々が成功できる立場に立ち、自らに挑戦し、当初想定していた以上の成果を達成できるような環境を整えることを意識しています。
私は「善いことをしながら成果を出す」という考え方を大切にしていますが、同時に、動機付けのあり方は人それぞれ異なるとも感じています。だからこそ、一人ひとりが自分なりの成功を実現できるよう、必要なツールや信頼、支援を提供することを目標としています。
この考え方は、気候テクノロジーという分野と自然に重なります。炭素市場や、より広範なエネルギー転換の課題に取り組むには、協働、長期的な視点、そして成果に対する共有されたオーナーシップが不可欠だからです。
Q: Avnosのハイブリッド型直接空気回収(Hybrid Direct Air Capture、以下HDAC)システムは、水ポジティブかつ無加熱である点が特徴的ですが、その中核となる科学的メカニズムとは何でしょうか。また、従来のDACシステムが抱えてきたどのようなトレードオフを解決しているのでしょうか。
現在稼働している多くのDACシステムは、水を大量に消費する水集約型の設計になっています。CO₂を1トン除去するごとに多くの水を必要とするため、水不足が深刻化する世界において、これはスケールアップにおける大きな制約となります。私自身が高度水処理のバックグラウンドを持っていることもあり、この水とDACの関係性は非常に早い段階から強く意識していました。DACが世界規模で展開されるためには、水を消費するモデルに依存していてはならない。その考えが、AvnosのHDACシステムの出発点です。
HDACのプロセスは、大気中の水分を回収すること、つまり周囲の空気を除湿するところから始まります。Avnosの設計では、CO₂を1トン除去するごとに、数トンのクリーンな水を同時に生成することが可能です。水を使うのではなく、システム全体として水を生み出す、いわば水ポジティブな構造になっています。
除湿後、乾燥した空気からCO₂を回収します。その後、吸着材に捕捉されたCO₂を放出するために、HDACでは「モイスチャー・スイング」と呼ばれるプロセスを用います。これは、システム内部で生成された水蒸気に吸着材を曝露することでCO₂を脱着させる仕組みです。
多くのDAC手法とは異なり、HDACは外部からの熱源を必要としません。エネルギー入力は電力のみで、当社の試算では、加熱型DACと比べて総エネルギー消費量をおよそ半分に抑えられると見ています。CO₂を1トン除去するあたりの電力消費量は約1,500キロワット時で、現在のDAC基準に照らしても競争力のある水準です。
Q: Avnosは2025年11月、三菱商事およびシェルの支援を受けたHDAC施設「プロジェクト・シダー」の建設決定を発表しました。このプロジェクトについて詳しく教えてください。
プロジェクト・シダーは、Avnosにとってだけでなく、DAC分野全体にとっても重要な節目となるプロジェクトです。シェルと三菱商事は、本プロジェクトに対して最大1,700万米ドルの資金提供を行うことを約束しています。
この施設には4基のHDACモジュールが導入され、年間で約3,000トンのCO₂を除去する能力を備える予定です。プロジェクトは米国に立地し、2026年末までに運転を開始する見込みです。
回収されたCO₂は大気中へ放出されるのではなく、有益な用途に活用される計画ですが、具体的な用途については現時点では公表されていません。Avnosとしては、このプロジェクトを商業規模の実証であり、今後のHDAC展開に向けたリファレンスモデルと位置づけています。
特に三菱商事の関与は、本プロジェクトを前進させるうえで極めて重要でした。また、「プロジェクト・シダー」という名称自体も、近隣の湖に着想を得たもので、炭素除去における水中心のアプローチというAvnosの思想を象徴しています。
Q: 2023年のベルファー・センターの分析によれば、多くのDACシステムは現在、CO₂除去1トンあたり400〜1,000米ドルのコストで稼働しています。Avnosは1トンあたり250米ドル未満、さらに長期的には100米ドル未満を目標に掲げています。これらのコスト目標は、どのような前提に基づいているのでしょうか。
コストは、DACが拡張可能な気候ソリューションになるのか、それとも小規模なパイロットにとどまるのかを最終的に左右する要素です。Avnosとして掲げているコスト目標は、投機的な技術的ブレークスルーを前提としたものではなく、既存技術をどこまで合理的に活用できるかに基づいています。
HDACは主として市販されているコンポーネントで構成されています。革新性は、それらをどのように統合し、空気・水・CO₂をより効率的に管理するかという点にあります。この統合によってエネルギー需要が抑えられ、外部からの熱供給が不要になり、運用全体もシンプルになります。
もう一つの重要な前提がスケールです。Avnosでは、特注の単発施設を建設するのではなく、HDACを反復製造可能なモジュール型システムとして設計しています。工場で標準化されたモジュールを生産する、いわば製造業的なアプローチを採ることで、学習曲線の効果やサプライチェーンの効率化、運用の反復性といったメリットを時間とともに積み上げていくことができます。
土地効率もコスト削減に寄与します。HDACシステムは比較的コンパクトな設計のため、土地取得や許認可、建設にかかるコストを抑えることができます。さらに、工業施設や港湾、データセンターといった既存インフラとの併設にも利点があると考えています。
最終的な目標は、理論上ではなく、現実の導入環境において経済的に成立する脱炭素ソリューションを提供することです。
Q: Avnosの投資家にはThird Derivative、三菱商事、シェル、そしてNextEra Energyが名を連ねています。これらの戦略的関係は、Avnosの成長をどのように支えているのでしょうか。
Avnosにとって、戦略的投資家は単なる資金提供者ではありません。私たちだけでは実現できない形で、展開やスケールを加速させてくれる存在だと考えています。
各パートナーは、それぞれ異なる強みを持っています。NextEra Energyは、再生可能エネルギー分野や大規模プロジェクト開発における豊富な経験を提供してくれます。一方で、三菱商事とシェルは、グローバルなインフラに関する知見、プロジェクトファイナンスの能力、そして複雑な産業環境における長期運用の経験をもたらしています。
こうしたパートナーシップは、DACがパイロット段階から商業規模へと移行する局面において、特に重要性を増します。DACのスケールは、技術的な課題にとどまらず、資金調達、プロジェクトの実行、そして長期的な運用という複合的な課題でもあります。その点で、経験豊富なパートナーの存在は、リスクを大幅に低減してくれるのです。
Q: 現在、米国はDAC開発において最も活発な地域の一つです。米国が持つ優位性とは何でしょうか。また、そこから国際市場へ応用できる教訓は何だとお考えですか。
米国の強みは、イノベーションの集積度、インフラの整備状況、そして政策支援が組み合わさっている点にあります。これらが同時にそろっている市場は、世界的に見てもそう多くありません。
中でも重要な要素の一つが、連邦政府の45Q税額控除制度です。現行の制度では、DACによるCO₂除去に対して、1トンあたり最大180米ドルの税額控除が認められています。この政策枠組みは、初期段階の商業プロジェクトにとって極めて重要な「初期収益の確実性」を提供してくれます。
また、Avnosの初期パイロットであるプロジェクト・アルパインは、米国エネルギー省の支援を受けて進められました。これは、初期段階のDAC展開において、公的部門の関与がいかに重要であるかを示す好例だと考えています。
米国は最初の実証の場、いわばプルービンググラウンドとして機能していますが、炭素除去に対する長期的な需要そのものは世界規模で存在します。特に、政策設計、資金調達の仕組み、既存インフラとの統合といった点で米国で得られた知見は、他国市場でのDAC導入を考えるうえで重要な示唆を与えるはずです。
Q: 日本は2050年ネットゼロという野心的な目標を掲げる一方、国内のCO₂貯留能力には制約があります。今後1〜2年の間に、日本の企業や投資家は高品質な炭素除去に関して、どのような行動を検討すべきでしょうか。また、Avnosが最も関心を持つ協業の形態とは何でしょうか。
GX-ETSの推進や、企業によるネットゼロコミットメントの深化が進むなかで、日本は炭素除去において重要な役割を果たし得る立場にあると考えています。多くの企業がすでに、排出削減だけでは不十分であることを認識し始めています。
今後1〜2年という時間軸で見ると、具体的な選択肢はいくつかあります。たとえば、パイロットプロジェクトを通じた初期商業実証への支援、長期のオフテイク契約、製造パートナーシップ、あるいは直接的な株式投資などです。いずれも、高品質な炭素除去を市場に根付かせるうえで重要な役割を果たします。
Avnosの観点では、技術的な専門性と忍耐強い資本を組み合わせることが、炭素除去をより迅速かつ広範にスケールさせる鍵になります。その点で、日本が持つ製造業の強み、長期的な投資志向、そして高いプロジェクト実行力は、DAC産業がイノベーションの段階からインフラの段階へと移行していく過程において、非常に高い親和性を持っていると見ています。
Q: 2035年を見据えたとき、炭素除去産業はどのように進化しているとお考えですか。
炭素除去の分野において、単一の技術や単一の企業が支配的な存在になる可能性は低いと考えています。むしろ必要とされるのは、いわば「オール・オブ・ザ・アバブ(すべてを組み合わせる)」というアプローチです。
地域や産業、用途によって、最適な解決策は異なります。そのため、複数の技術がそれぞれの強みを活かしながら共存していく形になるでしょう。
最終的な成否は、これらの技術が、責任ある形で、手頃なコストで、そして十分なスピードをもってスケールし、世界の気候目標に応えられるかどうかにかかっています。その意味で、コスト削減、政策の整合性、分野を越えた協働が決定的に重要になります。
課題は確かに大きいですが、それと同時に、この分野が持つ機会もまた極めて大きいと考えています。
このインタビューを通じて最も印象に残ったのは、水というテーマがごく自然に、かつ繰り返し語られていた点である。それは付随的な論点としてではなく、炭素除去全体の議論を静かに方向づける前提条件として位置づけられていた。 Will Kain氏は、ダイレクト・エア・キャプチャーを遠い未来の技術や理論的な解決策として語るのではなく、「今の現実世界で機能しなければならないもの」として捉えている。その語り口からは、金融と水処理の双方を経験してきたバックグラウンドがにじみ出ており、気候に対する理想と、実装に伴う現実とを無理なく結びつけているように感じられた。 HDACは、技術的な完成度そのものを追求した結果というよりも、「どこで、どのように長期的に成り立つのか」という問いに正面から向き合った末に生まれたアプローチである。土地や水、インフラの制約が日常的な課題となっている日本にとっても、この問いは決して他人事ではない。