過去30年にわたり、デイビッド・ヘラー氏とVertex Ventures Israelは、イスラエルと日本のイノベーション・エコシステムをつなぐ確固たる架け橋を築いてきた。今回のインタビューでは、京都大学で日本政府奨学生として学んだ経験から、イスラエルを代表するベンチャーキャピタルの経営者となるまでの歩みを振り返るとともに、両国の企業文化を結びつけるうえで直面するチャンスと課題について、ヘラー氏が語る洞察を紹介する。
1990年代半ばに設立されたVertex Ventures Israelは、イスラエルのベンチャーキャピタル業界を代表するパイオニアだ。当時のイスラエル政府は、国内のハイテク産業を飛躍させるために「ヨズマ・プログラム」を開始し、外国資本の誘致と国内ファンド創設を促進。同国を「スタートアップ・ネイション」へと導いたことで知られている。当時設立されたファンドのうち、今日まで継続的に成功を収めているのはわずか3社であり、Vertexはそのひとつとして存在感を放っている。
Vertexの特筆すべき点は、イスラエルのスタートアップと日本企業を結ぶ主要な架け橋となっていることである。Vertexは、イスラエルのVCの中で最も多くの日本企業・金融機関から資金を受け入れているが、その支援は単なる資本投資にとどまらない。日本企業がイスラエルの最先端テクノロジーに直接アクセスできるよう働きかけると共に、合意形成やプロセスを重視するという日本特有の企業文化にイスラエルの起業家が適応できるようサポートしている。
ヘラー氏のリーダーシップのもと、Vertexは投資家という枠を超え、両国のイノベーションを結ぶ「戦略的ゲートウェイ」としての役割を確立。その結果、ライセンス契約、販売提携、合弁事業、M&Aなど、数多くのクロスボーダー取引が実現している。
2023年10月に中東情勢が緊迫化した以降も、イスラエルのM&A市場は驚異的な回復力を示している。2025年には、GoogleがWIZを320億ドルで買収し、Palo Alto NetworksはCyberArk(Vertex投資先)は250億ドルで買収するといった過去最大級の取引が成立。2024年にはクラウドバックアップ企業の21億ドルの買収が実現し、2019年以来の最大規模の取引となった。サイバーセキュリティ分野が依然として取引を牽引しているが、AI関連企業の買収も始まり、新たな成長フェーズが見えてきている。
IPO(株式公開)は限定的ながら、M&Aは依然として主要な出口戦略であり、2025年上半期時点の取引ペースは既に前年を上回る水準に達している。流入する資本の約92〜93%は米国を中心とする外国投資家によるもので、多くの案件が非公開であることから、統計以上に日本企業も関与している可能性が高いと考えられる。
欧州やアジアではM&Aの減速が見られる一方、イスラエルと米国は堅調な推移を続けている。地政学的リスクが高まる中にあっても大型買収を呼び込むイスラエルのエコシステムは、その柔軟性と国際的な競争力を如実に表している。
ヘラー氏と日本との関わりは、1990年に日本政府奨学生として京都大学へ留学したことから始まりまった。当時の京都大学のプログラムは「英語禁止」が徹底され、日本語と文化に深く浸ることが求められた。この体験を通じて、ヘラー氏は流暢な日本語を習得し、それが後に日本と信頼を築くための重要な資産となった。
京都大学で法学修士号を取得したヘラー氏。1995年にイスラエルへ帰国するタイミングで、3つの大きな決断をした。
法律家の道を離れること
新興のベンチャーキャピタル業界に挑戦すること
イスラエルと日本を結ぶ分野にキャリアを賭けること
当時のイスラエルは、前述のヨズマ・プログラムの影響を受け、スタートアップ大国へと急速に姿を変えつつあった。ヘラー氏のVertexは、この時期に誕生した10社のひとつであり、その適応力と安定した実績が同社の信頼性を裏付け、現在まで活動を続ける数少ないファンドの一つとなっている。
ヘラー氏にとって、日本は単なる海外市場ではなく、全く異なる2つのイノベーション文化を融合して新たな可能性を切り拓くことができる国だ。スピード感と革新性に優れるイスラエルのスタートアップと、精緻性や規模、そして長期的なコミットメントを強みとする日本企業は、互いの強みを補完し合う関係にある。
ヘラー氏は、日本に根付く「長期資本」や「戦略的パートナーシップ」の文化に強く魅力を感じている。それは、短期的なリターンを追求する欧米的なVCの発想とは一線を画す。さらに、イスラエルの即興性とリスクを取る文化に、日本の合意形成を重視するプロセス型の文化を融合させることで、単なる商業的成功にとどまらず、相互の尊重と信頼を築けると考えている。ほとんどのVCがまだ日本市場を真剣に見ていなかった時代から参入したことで、Vertexは日本とイスラエルの「信頼できる架け橋」として先行者優位を築き上げた。
ヘラー氏は「資本は重要だが、Vertexの真価はそれを超えている」と語る。日本企業に対しては、長期戦略に沿ったイスラエルの最先端技術の発掘や、有望なスタートアップとのネットワーキングを支援するとともに、コミュニケーションや交渉スタイルに関する助言を提供してきた。一方でイスラエルのスタートアップに対しては、日本特有の承認プロセスや意思決定の進め方を理解させ、合意形成を重視する企業文化への適応をサポートしてきた。こうした双方向の支援を通じて、ライセンス契約、販売提携、共同開発、M&Aなど、数多くの成功事例が生まれている。
ヘラー氏は30年間の経験を通じて、日本の企業文化の変化を次のように分析する。
若手経営層はグローバル志向が強まり、失敗を恐れず、海外との連携にも前向きになっている。
一方で、根回しや稟議といった伝統的プロセスは未だに重視され、意思決定には時間がかかる。
スピード感を求めるイスラエルのスタートアップにとって、このスピード感の差は大きな課題である。しかし、「短いメッセージでも検討が進んでいることをイスラエル企業に伝えるだけで日本企業は信頼を保つことができる」とヘラー氏はアドバイスする。
また、イスラエルと日本ぞれぞれの強みを次のように分析する。
「イスラエルのスピードと日本の完璧主義を組み合わせれば、世界水準の革新が生まれる」とヘラー氏は期待を語る。
これまでのイスラエルと日本の協業はソフトウェア分野に偏ってきたが、ヘラー氏は、ハードウェアや先端製造業に大きな開拓の余地があるという。日本企業には意思決定の遅さや、スタートアップ初期段階での経験不足による連携の難しさといった課題があるが、グローバル志向を持つ若手経営者の台頭によって、この開拓が加速していくと見込んでいる。
2000〜2010年代のイスラエルのスタートアップの出口戦略は、米テック大手による早期買収が一般的だった。しかし、近年は次のような状況になっている。
実際、イスラエルの起業家は米国でも活躍し、シリコンバレーで数多くのユニコーンを生み出している。
ヘラー氏は、日本企業による買収の難しさは契約締結後の統合プロセスにあるという。
「買収時の魅力を保つためには、適切なインセンティブと自主性の確保が不可欠だ」とヘラー氏は強調する。
現在のイスラエルは、M&Aは引き続き活発だが、金利や市場変動の影響でIPOが停滞している。しかし、Vertexの投資先を含む複数のイスラエル企業は、市場環境が改善すればIPOを目指すことを計画している。
ヘラー氏は、イスラエルと日本の両国が互いの強みを取り入れて補完し合うため、それぞれが注力すべきことを次のようにまとめる。
文化的な違いは障壁ではなくシナジーの源泉である。互いに適応しあうことで、イスラエル―日本のイノベーションの架け橋は、世界を変える技術とビジネスを生み出す高速道路となる。
30年にわたり、デイビッド・ヘラー氏とVertex Ventures Israelは、ベンチャーキャピタルを単なる投資手段から、イスラエルと日本のイノベーション文化を結ぶ戦略的な架け橋へと進化させてきた。そして、イスラエルの創造力とスピード、日本の緻密さとスケールを交わらせることで、世界に影響を与える革新的な技術とパートナーシップを誕生させてきた。
ヘラー氏は強調します―
「違いをなくすのではなく、違いを活かすことが未来をつくる。」
この姿勢こそが、イスラエルと日本の協業を持続的かつ世界水準のものにしていく鍵である。
Vertex Ventures Israel のデイビッド・ヘラー氏へのインタビューは、とても示唆に富むものだった。京都での留学経験から始まり、イスラエルと日本という異なるイノベーション文化を結ぶ最も信頼される架け橋のひとつを築いてきた彼の歩みは、両国をつなぐために本当に何が必要なのかを鮮明に示している。 イスラエルのスタートアップは、世界的に通用する革新的な技術を生み出し、グローバルに成長してきた素晴らしい実績がある。一方で、日本は精密さ、品質、長期的なパートナーシップに強みを持ち、両国は自然な補完関係にある。 Vertex がこの架け橋を 30 年にわたって育ててきたストーリーを聞くことで、クロスボーダー・ベンチャーキャピタルが、単なる投資を超えて、信頼や文化理解を築き、世界のイノベーションに長期的なインパクトを与える可能性を実感した。