中東情勢悪化により、世界で引き起こされつつあるエネルギー危機。しかし、工場で必要とされる高い熱を、化石燃料なしで生み出す方法はまだ確立していない。 一方、英国のクライメートテック企業、カルデラ・ヒート・バッテリーズ社は石油や天然ガスなしに産業用の熱を作る技術を持つ。同社は再生可能電力が安価に得られるタイミングで電力から熱を作り、それをオンデマンドを利用できる熱貯蔵ボイラーを実用化。その熱供給コストはガスを使った場合よりも安い。そんな圧倒的な技術を持つカルデラは、シリーズA調達を終え、商業化を急いでいる。 将来的にアジア展開を見据える、同社ダニエル・カーク最高商業責任者(CCO)が独占インタビューに応じ、日本企業がアジア展開における重要なパートナーとなりうる理由について語ってくれた。
「私は200以上のスタートアップと協働してきたのですが、カルデラほど現実的かつ優れた技術を持った企業は見たことがありませんでした」
そう話す同社チーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)のダニエル・カーク氏は、2021年、4人目の従業員としてカルデラ・ヒート・バッテリーズ社に参画した。イノベーションコンサルタントとしてキャリアを積んできたカーク氏は、英国エネルギー規制機関であるガス・市場監督局でも数々のエネルギー部門のイノベーターと関わってきた。
「特に研究者などは技術を追求し、コストを無視しがちです。しかし、素晴らしいアイデアでも商業化するには価格がすべてです。事業経験が豊富なカルデラの創業者は、初めから製品価格を下げるため、世界中どこでも調達できる安価な素材から作ることを目指しました。そうして開発されたのがカルデラの熱貯蔵ボイラーなのです」
イノベーティブな技術とビジネスマインドの両方を掛け合わせたカルデラは、2017年、ジェームズ・マクナグテン氏とガイ・ウィンスタンリー氏の二人によって設立された。
カルデラが作り上げたのは、再生可能エネルギーが大量に作られて安価になるタイミングに電力から熱を作って長時間貯蔵し、必要な時に熱を蒸気や温水として取り出せる仕組みだ。殺菌や加工のために100〜200度の熱を必要とする軽工業の工場に最適で、導入すればGHG排出を大幅に減らせる。
ケンブリッジ大学で機械工学を学んだマクナグテン氏は、20年以上前からエネルギー貯蔵に関心を抱いていた。太陽光や風力などの再生可能エネルギーは脱炭素化に貢献するが、その生成量は天候などに左右される。その不安定さを軽減したいと考え、2000年代からの約10年間は、余剰電力から熱を作って貯め、再び電力として使う「揚水式熱電貯蔵システム」の商業化を目指した。しかし、産業熱の脱炭素ニーズの大きさに気づいて方向を転換し、蓄えた熱をそのまま供給する技術の開発に舵を切った。
社名の「カルデラ」は、火山の爆発によって陥没してできた窪地を意味し、熱を想像させる。同社ロゴも熱を瞬時に想像できるオレンジ色のマークである。
「私がカルデラに惹かれたのは、そのビジネス感覚に加え、技術のシンプルさです」とカーク氏は言う。
カルデラの中核技術は、簡単に言うと「電気で温めた熱い塊」を「真空断熱された巨大な魔法瓶」の中に入れる「ヒートセル」だ。 このシステムを工場などの電力系統、および熱交換器及び蒸気発生装置につなげれば、既存の石油・ガスボイラーと同様の機能を果たす。
GHG削減という根本の問題にアプローチするこの熱貯蔵システムはシンプルだが、計算され尽くされたイノベーションが詰まっている。
技術のコアになる蓄熱材には、「リサイクルアルミニウム」と「火山岩」の特許取得済みの混合物が使用されている。ユニークな組み合わせだが、双方とも世界中で簡単に調達できて価格も安く、高性能だ。
「サウナで石が使われるように、岩は空気よりはるかに多くの熱を蓄えられます。しかし、岩だけでは熱が伝わりにくいので、熱伝導性が非常に高いアルミニウムを合わせることで、必要な時に熱を蓄え、放出できる蓄熱材となるのです」
低価格さに加え、リチウムのような可燃性や毒性もなく、20年以上は使えると見込まれる。ガスボイラーよりも爆発リスクが低く、安全に使えるというのも利点だ。
なお、アルミニウムは低品位のもので良いので、ガソリン自動車のエンジンブロックなどの廃材をリサイクルして利用でき、循環型経済にも貢献できる。
熱を蓄えられるヒートセルの塊は、真空断熱機能のある鋼製容器で覆われ、失われる熱は1日あたりわずか4%程度と、非常に高い保温技術を持つ。効率的に熱を保てるため、電力価格が下がる時間帯に熱を作り、それを使うまで長時間貯蔵することが可能になるのだ。
「最大温度の500℃に熱された状態でも、外壁を触ることができます。家庭用の魔法瓶と同じ原理ですが、これを産業規模で実現したのが我々の技術です」
蓄熱部分に埋め込まれた熱交換器コイルに純水を流すことで、瞬時に高圧の蒸気を生成できる。熱を溜めておけば、必要なタイミングに必要な量の熱をすぐに安定的に得られるので、工場での利用にも適している。
供給できる熱は、産業用としては比較的低い100~200℃程度で、産業熱全体の3〜4割と大きな範囲を占める。この範囲は、技術的にも市場ニーズ的にも比較的商業化しやすく、戦略的といえる。
すでに普及している産業用ヒートポンプは100℃以下に適し、蒸気の安定的供給は難しい。一方、重工業で求められる500度以上の高熱の低炭素供給には技術的な困難が多く、コストが非常に高くなる。
大規模なインフラを現地で構築する競合他社とは異なり、カルデラは工場でモジュール式のヒートセルを量産し、顧客サイトに運んで現地で組み立てる方式を取る。柔軟にカスタマイズでき、設置も容易で効率的なため、広く展開しやすい。
2025年3月、カルデラはドイツの食品・飲料・製薬向け機械メーカであるGEAから、シリーズAとして1200万ユーロ(約22億円)の資金を得た。2025年には初めての商業受注をイングランド北部の公立病院から受け、その導入の準備中である。現在は食品、ビール、繊維、製薬工場などの多業種にわたる、欧州全域の潜在顧客と交渉中だという。
「次は大手の飲料メーカーとの契約になるでしょう」と、マーケティング、パートナーシップ、戦略など、事業に必要なあらゆる業務に携わるカーク氏は言う。
「熱供給コストを現状より安くできるカーボンフリーの産業用熱ソリューションを初めて見たとよく言われます。競合他社の製品はずっと高価です。私たちの比較優位性はその経済合理性と、技術のシンプルさ、つまり信頼性にあります」
カルデラの熱貯蔵ボイラーのランニングコストは、実質的には電力から熱を作るのに必要な電気料金だけだ。熱供給コストを下げるには、ガス料金と電気料金のバランスが重要になる。太陽光や風力発電が普及して電力料金が変動する一方、ガス料金が比較的高い欧州に適している。
「たとえばドイツの電力料金は高いですが、それでも再生可能エネルギーが大量に作られるタイミングには、非常に安価に電力を得られる仕組みもあります。そういったタイミングで電力を熱に変換しつづければ、ライフサイクルでの熱供給コストはガスのボイラーを使うより安くなります。初めに設備投資をすれば、その後のエネルギーコストがほとんどかからない太陽光パネルのようなものです」
「ただ、工場にあるすべてのボイラーを一気に私たちの製品に取り替えると、初期投資費用が高くなりすぎます。ただ、例えば3台のうち1台など、まず一部だけを取り替えれば初期費用も抑えられ、最終的に熱供給コストを下げられます。GHG排出も30%程度削減できるので、まずはこのアプローチで、より多くの現場へ当社の熱貯蔵ボイラーを導入したいです」
欧州ではEU排出量取引制度などをはじめ、各国で炭素価格が設定され、広い業界の企業がGHG排出に対して大きなコストの支払いを求められるようになりつつある。そんな今、ゼロカーボンの産業用熱装置導入の経済合理性が高まっている。
そんなカルデラの今後10年間のビジョンは野心的である。「世界中のあらゆる大陸にシステムを展開したい」とカーク氏は語る。
「私たちのシステムが導入されるほど、産業用熱を作るために使われる化石燃料を減らせるので、より広く普及させ、大きなインパクトを起こしたいです」
今後の数年間に注力しようとしているのは、脱炭素ニーズの高い欧州全域の潜在顧客への販売だ。一方、その間にも、アジアなど他地域の企業との関係も構築していきたいと考えている。すでに欧州外の企業からもコンタクトを受けているそうだ。
「すでに欧州以外の企業からもコンタクトを受けています。それぞれ熱供給を脱炭素化する方法を模索されているようです。日本企業からも連絡を受け、視察に応じたこともあります」
世界展開にあたり、アジア市場のポテンシャルは特に高いとカーク氏は見ている。日照量が多くて太陽光発電が容易で、カルデラの熱貯蔵ボイラーを使うのに非常に適した国々が多いからだ。
「インド、タイ、フィリピンなどの多くのアジアの国々では、太陽光から電力を豊富に作れます。経済成長によって、必要となる産業用熱も増える一方、ガスや電力系統の整備が不十分なため、自分たちでエネルギーを作る合理性もあります」
そんなアジアの市場への進出にあたって、カーク氏は日本企業との協業可能性を見据えていると話す。世界進出にあたっては、各地域のパートナーと協業し、地域ごとに生産し、現地で組み立てる方式を取りたいと考えている。
「将来的に各地域向けの製品は、その地域で原料を調達し、製造する拠点が必要です。アジア向けはアジアで作る。それが我々のビジョンです」
「日本の電力価格は安くないため、当社のボイラーで熱コストを下げるというメリットを享受できる企業は、日本では多くないかもしれません。しかし、高い技術力と専門知識を持ち、当社製品を製造できる企業は日本に多くいると思います。だからこそ資本力のある日本企業とパートナーシップを組み、日本で製造した製品をアジア太平洋地域へ輸出するなど、一緒に事業を展開できる可能性は大きいと考えています」
カルデラとの協業が魅力的な理由は、日本企業側にもある。日本では自動車業界のEVへの移行に伴い、低品位のアルミニウムの廃材が余剰になると見込まれているが、これはカルデラの蓄熱材の原料となる。 自動車のリサイクルが義務付けられてきた日本では、高品位アルミの多くを低品位の二次合金として再生し、エンジンブロックなどの製造に利用してきた。しかし、EVが必要とするのは高品位のもので、低品位の廃アルミの需要が今後大幅に減る。
しかし、この古い技術をカルデラに託せば、グリーン工場を動かすバッテリーへと転換できる。パートナーシップを組む日本企業は、循環型経済に大きく貢献でき、魅力的なストーリーを描けるだろう。
「私たちが今求めているのは、当社と関係を構築したいと考えるパートナーです。信頼関係を構築できれば、日本での製造・販売に踏み切れるようになるでしょう。2年後に何かを実現したいなら、今からお互いに知り合うべきだと思います」
カルデラの「熱貯蔵ボイラー」は熱供給コストを下げられるという経済的なメリットから、巨大な産業用熱供給分野でゲームチェンジャーとなりうる可能性を秘めている。
変革を迫られる日本の製造業にとって、カルデラとの提携は、新たなビジネスチャンスと脱炭素貢献の両立を叶える選択肢となりうるだろう。ポテンシャルの高い脱炭素の産業熱供給インフラの構築、循環型経済の実現に貢献するのか、それとも単なる買い手となるのか、日本企業は今問われている。
今後、日本でもカーボンプライシングが導入され、産業用熱の脱炭素化へのニーズがさらに高まることは確実だ。世界の脱炭素化に、利益を出しつつ貢献したい日本企業には、すぐれたソリューションを持つカルデラとの協業は、魅力的な解となりうるだろう。