本記事は、スイスを拠点に炭素除去分野へ特化したベンチャーキャピタル Carbon Removal Partners(CRP) の CEO、マックス・ツェラー氏へのインタビュー内容をもとに構成している。CRPは世界規模で炭素吸収・炭素除去(カーボンリムーバル)ソリューションの普及を後押しし、科学的に確かで、スケール可能かつ事業として成立する技術に資本を投じることで、強靭な「カーボン・エコノミー」の構築を加速させている。投資対象は、直接空気回収(DAC)、BECCS(バイオエネルギー由来の回収・貯留)、バイオ炭、風化促進(ERW)、直接海洋回収(DOC: Direct Ocean Capture)、CO2有効利用、デジタル・カーボン市場インフラなど多岐にわたる。本稿では、ツェラー氏が語ったCRP設立の経緯、投資哲学、規制環境の変化や日本企業との協業の可能性、そして炭素除去市場の将来像を紹介する。
ETH(スイス連邦工科大学)出身の産業エンジニアで、再生型経済に強い情熱を持つマックス・ツェラー氏は、ネットゼロ時代の強力な推進者である。チューリヒを拠点に自ら創業したCarbon Removal Partners(CRP)を率い、技術的に排出削減が困難な領域の温室効果ガスに対応し、決定的役割を担いうる炭素除去技術に投資している。仕事の外では家族やコミュニティに根ざし、Impact Gstaad のアドバイザリーボードを務めるなど、「From little Gstaad to the big world(小さなグシュタードから大きな世界へ)」というモットーを体現している。
CRPのルーツは2018〜2019年にさかのぼる。創業者のツェラー氏は当時、現在のDAC業界のリーダーである Climeworks での仕事を通じ、草創期の炭素除去分野に足を踏み入れた。当時は科学界の総意も十分に形成されておらず、市場はほぼ存在しないに等しかった。転機は2018年10月、政府間パネル(IPCC)がネットゼロ達成に不可欠な手段として炭素除去の重要性を明確に位置づけ、分野全体に正当性が与えられたことである。「将来の産業規模の大きさに圧倒され、強くインスパイアされた。気候変動の緩和に炭素除去は不可欠になる——資本もエネルギーもこの分野に投じるべきだと確信した」と同氏は振り返る。
世界的に産業が停滞したコロナ禍において、ツェラー氏は知見の深化に時間を投じた。炭素市場をテーマにした修士論文に取り組みつつ、課題と機会の両面を掘り下げたのである。振り返れば「自身の学びという点では非常に生産的な時期」であり、同時期に欧州では Fridays for Future(気候変動への行動を訴えるため、世界中の若者を中心に展開する国際的な環境ムーブメント)などの社会運動が勢いを増し、クリーンテック投資の構造的追い風と相まって、持続可能な解決策の導入が加速したと評価する。
CRPのウェブサイトには「科学を礎とする」と「産業規模を目指す」という二つの指針が掲げられている。これは単なるスローガンではない。
「大気中から炭素を除去するあらゆるアプローチの核心に“科学”がある」と同氏は語る。投入資源、コスト構造、技術の長期発展曲線に至るまで、徹底した技術評価に基づいて意思決定する姿勢である。かつてVCでは稀だった科学的まなざしは、いまやクリーンテック投資に不可欠となった。
同時に、科学的厳密さだけでは不十分である。スケールにはビジョン、持続力、商業性が欠かせない。顧客を獲得し、オフテイク(引き取り)契約を確保し、能力を着実に積み上げられるかが問われる。CRPは、アーリーステージのイノベーションを産業レベルの解決策へと育て上げられる企業を見極める。
戦略の柱の一つが「コンプライアンス・グレード(規制適合水準)の炭素除去」である。日本、EU、英国など将来の規制市場で求められる基準を満たしうる経路を優先する。拡張性、測定可能性、そして長期(数百〜数千年)の恒久貯留が鍵となる。
さらにCRPは、創業チームの専門性・実績・レジリエンスを重視する。テクノエコノミクス分析や市場評価を通じて、ポートフォリオ企業がイノベーションだけでなく立ち上がる市場で確実に成長できる態勢かを見定めている。
世界的に炭素除去への関心が高まるなか、各国の規制枠組みも形を帯び始めている。日本と英国は先行する二市場だが、アプローチは異なる。
「両国とも炭素除去クレジットを規制市場に統合する計画を持つ。完全な規制の確実性がある国はまだないが、日本は最も速く動くと見ており、早ければ来年にも実装される見込みである」と同氏。
日本では条件付きで海外プロジェクトのクレジット受け入れを認める特例が導入され、特に日本企業にとって強い投資インセンティブが生まれている(現時点での発行量は限定的であるが)。英国は2028年に強力なインセンティブ制度を開始し、その後速やかに規制市場への統合を目指す。カナダや米国(共和党政権下を含む)では、義務や炭素税よりも税額控除を通じた炭素吸収の後押しが強まる公算である。総じて、高品質の炭素除去は近い将来、規制・任意の双方の市場に不可欠な要素になるという見通しである。 こうした市場機会の拡大に合わせ、CRPは明確なリターン目標のもと資本戦略と提携を進めている。
「共創によって価値を生むべく戦略パートナーとの連携を継続的に拡大している。日本へも年に複数回訪問しており、戦略的成果のみならず実質的な金銭的リターンの実現を狙っている」と同氏。CRPは炭素吸収・除去分野に深く関与しており、参画のビジョンが明確な企業を強力に支援できる立場にある。そのため訪日では、大企業との価値創出や協業機会の開拓に焦点を当てている。
炭素除去への投資は拡大しているが、CRPには独自の強みがある。エコシステムへの長年の関与と、バリューチェーン全体にまたがる広いポートフォリオがそれである。2022年以降、CRPは投資先と密に協働し、単なる資金提供を超えたオペレーション面の解像度を培ってきた。
その結果、業界トラッカー cdr.fyi によれば、CRPの投資先にはセクターを代表する高実績企業が多数含まれる。「ベンチャー支援を受ける勝ち筋企業の数では、CRPのポートフォリオは最大級である」と同氏は述べる一方で、「称賛されるべきは投資先企業自身の努力であり、私たちは可能な限り支える存在である」と強調する。
急速に進歩する一方で、炭素除去技術のスケールアップには課題が残る。CRPの投資先が直面する主な壁は、オフテイクの確保、資金アクセス、組織づくりの難しさである。 CRPはここで実務的な支援を行う。見込み顧客の紹介、志を同じくする投資家との橋渡し、ネットワークを活用した機会拡大がその中核である。「この業界に特化して関心を持つ買い手や投資家のネットワークがあるからこそ、企業が限界を押し広げる支援ができる」と同氏は語る。 さらに、日々のオペレーション支援から、VCにとって最重要局面の一つであるエグジットの準備まで、炭素吸収に積極的な事業会社との強い関係性を武器に、成長のみならず長期的成功までを視野に入れた伴走を行っている。
CRPの投資先は現在15社である。特に評価する企業はあるかと問うと、ツェラー氏は特定の企業名を挙げることを避ける。「商業的に大きな成果を上げている企業もあり、それ自体は前進の良い指標である。ただ、この分野は多様なアプローチの“組み合わせ”で成立する。単一の経路が業界を規定するのではなく、複数の経路が並走する——そのためにも複数の強いプレイヤーが必要である」と述べる。
CRPは、物理的な炭素回収・除去ソリューションに加え、デジタル・カーボン市場のインフラや、CO₂を高付加価値製品に変換する“カーボン・トゥ・バリュー”技術にも投資している。この領域の大きな課題の一つが、クレジットの標準化と透明性である。「透明性や誠実さは、市場が解くべき要件である」と同氏は指摘する。近年、EUのCRCF(Carbon Removal Certification Framework)や Core Carbon Principles(CCP)といった枠組みの整備が進む一方、透明性不足や過剰な約束に起因する不祥事も経験し、市場は説明責任を強化してきた。モニタリング/報告/検証(MRV)などのデジタルツールは、追跡の透明性を確保し、誠実な姿勢を担保する。「透明性と誠実性の確保は、この三年間、当ファンドの最優先課題であった」と同氏は強調する。グリーンウォッシングへの懸念に関しては、「最高品質のクレジットに投資すること自体が、企業の気候目標への具体的コミットメントを示す。サプライチェーン内の排出削減が最善であるのは当然としても、炭素除去は測定可能で信頼性の高い手段であり、恣意的な操作を受けにくい」と述べる。
「ビジネスとしての側面は明確である。世界中の優秀な人材がこの分野に集い、意義と経済性の両立を示している」と同氏は語る。CRPは、測定可能で恒久性のある直接空気回収、BECCS、バイオチャー、風化促進、直接海洋回収など、規制市場に組み込まれつつあるコンプライアンス・グレードの炭素除去に注力している。
市場規模の観点では、環境課題とビジネスは密接に相関する。したがって「かつて石油が発見され、世界的コモディティとなった時期に匹敵するビジネス機会」と言える。
同ファンドは、特に農業分野でのメタンなど、他の温室効果ガスへの解決策にも関心を寄せており、「魅力的な解決策が存在し、そこにも資本を配分できる立場にある」と付言する。
現状、カーボン市場の多くは任意市場であり、成長には限界がある。「企業に参加義務が課されれば、インパクトは極めて大きい」と同氏は指摘する。一方でモメンタムは強まっており、マイクロソフトなど先進企業の大型投資を背景に、市場規模は本年、ほぼ三倍に拡大した。
AIのようにエネルギーフットプリントの大きい新技術の台頭も、気候目標の達成や社会的反発・規制リスクへの備えとして、企業の補償(カーボン除去)投資を後押ししている。
一見するとデータセンターなどの炭素多消費型ビジネスは排出を増やすが、そのことが炭素除去の需要を生み、市場の発展を加速させる側面もある。「ある意味で、私たちはネットゼロ達成に必要な産業を同時に推進している」と述べる
アジア太平洋でもカーボン・エコシステムの整備は加速している。シンガポールは政府主導の強力な支援があり、政府系ファンドの投資も活発である。中国も探索を始めているが、可視性はなお限定的である。日本は政府・企業ともに強いコミットメントとリーダーシップを示す先進国の一つである。
出光アメリカズホールディングス(出光興産の100%子会社)との協業をはじめ日本企業との取り組みを振り返り、ツェラー氏は「厳格なガバナンスゆえに時間を要する場合もあるが、出光アメリカズのケースは極めてスムーズで効率的であった。この市場に関与し協業を進めたいという意思が明確であった。私が接する日本企業は非常に献身的であり、その献身こそ世界でより広がってほしい姿勢である」と語る。
Carbon Removal Partners は、科学的厳密性、商業的実現可能性、そしてシステム全体への洞察を備えた、先見的な気候投資のあり方を体現する存在である。アーリーステージ企業の支援、規制の複雑性への対応、カーボンクレジットの信頼性向上、さらに温室効果ガス全般にわたる解決策の拡充を通じて、CRP は「志」と「収益」を両立させている。
炭素除去が世界的なネットゼロ移行の中核的な柱となるにつれ、CRP のようなファンドは、個々の技術にとどまらず、スタートアップから規制枠組み、信頼できる市場メカニズムに至るまでエコシステム全体を形づくっている。そして、この新興産業が責任あるかたちで、グローバルに、かつ実効性をもってスケールできるようにしている。
Carbon Removal Partners の取り組みは、単なる環境問題への対応にとどまらず、ビジネスとしての可能性と結びついている点に特に興味深さがある。科学的根拠に基づきながらも、産業規模での実現可能性を重視する姿勢は、これからのカーボンリムーバル市場における投資家や企業の模範となるであろう。 また、日本企業との協働に関するツェラー氏の見解は、グローバルな視点での市場参画の重要性を示している。規制環境が整いつつある今こそ、先行して行動することが、環境貢献と経済価値の両立につながる鍵である。