DeCarbon Tokyo 2025 高品質炭素除去への前進

日本のカーボン市場は、いま静かな転換点に立っている。日本政府と経産省のGXリーグで運用されている温室効果ガス(GHG)の排出量取引制度「GX-ETS」の本格運用を目前に控え、制度設計、金融、技術は確実に前進する一方で、供給、流動性、品質という根源的な問いは依然として解かれていない。2025年12月3〜4日に東京で開催されたDeCarbon Tokyo 2025には、政策担当者、カーボン市場の専門家、投資家、技術者、企業リーダーが集い、コンプライアンス市場の現実、炭素除去(CDR)の商業化が直面する壁、そして投資家・オフテイカー・開発者それぞれの視点が交差した。本稿では、二日間の議論を通じて浮かび上がった日本の「現在地」と「次の一手」を手がかりに、日本のカーボン市場が迎える決定的な10年の意味を読み解いていく。

  写真提供:Centre for Management Technology Pte. Ltd.「DeCarbon Tokyo 2025」

Day One - 現在の炭素除去(CDR)市場の景観

日本の進化するコンプライアンス制度

 12月3日のオープニングでは、三菱総合研究所の新地菊子氏より、日本がカーボンニュートラルへ向かう道筋と、日本政府が設立した国内カーボンクレジット制度であるJ-クレジット、ならびに同じく政府により設計されたJoint Crediting Mechanism(二国間クレジット制度、以下JCM)の役割について講演が行われた。JCMは、日本の低炭素技術を活用し、開発途上国と連携して海外での排出削減を実現する枠組みである。

 GX-ETS(日本政府がGX政策の中核として設計を進める排出量取引制度)の本格運用を目前に控え、日本はより強固なコンプライアンスエコシステムの構築に向けた準備を進めており、政策担当者は、透明性、標準化されたMRV(測定・報告・検証)、そして流動性の向上が、今後数年の日本のコンプライアンス市場を特徴づける要素になると指摘した。続く政策パネルでは、規制枠組みがコンプライアンス市場の成熟度をどのように高め得るかが議論され、日本が、より堅牢なカーボンプライシング制度の構築に向けて着実に歩みを進めていることが示唆された。

供給と流動性の課題

  写真提供:Centre for Management Technology Pte. Ltd.「DeCarbon Tokyo 2025」

 続くセッション「日本のコンプライアンス市場と供給拡大」では、依然として流動性が限定的であり、高品質な国内クレジットの供給が十分に確保されていないという課題が改めて示された。これを受けて、JCMのプロジェクトパイプラインの一例として、稲作におけるメタン削減プロジェクトが紹介され、日本が農業分野における排出削減への注力を強めつつあることが示された。また、GX-ETSの本格展開を見据え、企業が取るべき具体的な対応を議論したパネルでは、規制対応を単なる負担と捉えるのではなく、イノベーションを促進する手段として「成長志向のカーボンプライシング」を採用すべきだと専門家が強調した。

ネイチャーベースドソリューション (自然に基づく解決策)

 午後のセッションでは、ネイチャーベースドソリューション、バイオチャー、農業分野に焦点を当てたプロジェクトが取り上げられた。登壇者は、地域コミュニティとの信頼関係、デジタル技術を活用したデューデリジェンス、そして現実的なリスク管理の重要性を繰り返し強調した。日本におけるネイチャーベースドクレジットは5,000〜8,000円程度で取引されているものの、開発者によれば、関連するサービスやプロセスを含めた実際のプロジェクトコストは1万円を超えるケースも少なくないという。また農業分野では、カーボンクレジットや除去は単独の商品としてではなく、「強力な副次的価値(コ・ベネフィット)」として位置づけられている点が示された。

CCSと国境を越えたバリューチェーン

 最終パネルでは、CCS(Carbon Capture and Storage:二酸化炭素回収・貯留)と、新たに形成されつつある国境を越えたバリューチェーンに焦点が当てられた。株式会社三井住友銀行(SMBC)をはじめとする企業は、日本国内における地質的制約を背景に、貯留フェーズにおいて第三国との連携が必要となる可能性を指摘した。また、イギリス・ロンドンに本拠を置く国際銀行グループのスタンダードチャータード銀行は、世界的にCCS関連投資が拡大している点に言及した一方、政府およびプロジェクト開発事業者は、将来のコンプライアンス市場の完全性を確保するためには、国境を越えた協定、強固な契約設計、ならびにリーケージ補償の仕組みが不可欠であると強調した。

Day Two - CDRの未来と投資環境

 2日目は Carbon Removal Partners(以下、CRP)による基調講演で始まり、世界的なCDR加速の動向が提示された。

耐久的CDRの商業化

 続くパネルでは、耐久的CDR技術の商業化が主要テーマとして浮上した。ClimeworksDeep Skyは、リピート顧客の重要性、透明性の確保、そして商業成熟度を明確に定義する必要性を強調した。開発者からは、規制の断片化や買い手需要の不安定さを背景に、「カーボン市場は依然として伝統的な意味での市場とは言えない」との指摘も示された。一方で、サプライチェーン脱炭素化の加速を背景に、グローバルVC投資家や気候ファイナンス関係者は、日本が気候関連クレジットの安定的な買い手となるオフテイク拠点となる強いポテンシャルを有していると評価しており、市場形成に向けた明確なモメンタムが生まれつつある。

 また、次のセッションでは品質保証が中心テーマとなり、データ収集は「初日から」開始すべきであること、そして一次データこそが検証可能なCDRにおけるゴールドスタンダードである点が強調された。

投資家の視点

 続く投資家パネルでは、金融機関の視点から、CDR市場に対する資金供給のあり方について貴重な議論が共有された。みずほ銀行やSMBCなどの日本の銀行は、ブルーカーボンなど共便益(環境・社会的価値)を備えたクレジットへの関心の高まりに加え、トランジションボンドや、CDRを債券市場に組み込む可能性について言及した。また、スタンダードチャータード銀行は、長期オフテイク契約がもたらすスケーラビリティの重要性を強調し、CRPは、投資税額控除やカタリティックキャピタル(初期段階の投資を呼び込む触媒的資金)が市場形成において果たす役割を指摘した。

オフテイカーの視点

  写真提供:Centre for Management Technology Pte. Ltd.「DeCarbon Tokyo 2025」

 午後の注目を集めた「オフテイカーパネル」では、買い手側の期待と不確実性が率直に共有された。将来的にはコスト競争力の向上が見込まれている一方、現時点では多くの企業が品質を最優先事項として位置づけている。また、耐久的CDRについては「適正な価格水準がまだ分からない」との声も多く、買い手自身がモニタリングしているプロジェクトの60%以上で遅延が発生しているとの指摘もあった。それでも、「早く始め、小さく始め、そして速く動くべき」という共通メッセージが明確に示された。さらに、今後の開催で日本語セッションが増加すれば、日本企業の上層部がこの分野に本格的に関与し始めていることを示すシグナルになる、との見方も示された。

BECCS、鉱物化、バイオチャー

  写真提供:Centre for Management Technology Pte. Ltd.「DeCarbon Tokyo 2025」

 続くセッションでは、BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage:バイオマス由来エネルギーの利用と同時に発生するCO₂を回収・貯留することで、実質的なCO₂除去を実現する技術)、鉱物化、バイオチャーが主要テーマとして取り上げられた。開発者は、これらの技術において供給をスケールさせるためには、買い手側の受容性に加え、長期的なオフテイク契約が不可欠であると強調した。特に東南アジアでは、バイオチャー分野における機会が際立っている。低い参入コスト、豊富なバイオマス資源、復元が求められる土地の存在に加え、迅速な事業展開を可能にする既存インフラが整っているためである。こうした文脈の中で、VarahaCarboneers といった企業が、地域における新興リーダーの代表例として紹介された。

ダイレクトエアキャプチャー(DAC)

  写真提供:Centre for Management Technology Pte. Ltd.「DeCarbon Tokyo 2025」

 ダイレクトエアキャプチャー(以下、DAC)のセッションでは、DACが測定可能で検証性が高く、信頼性のある技術である一方、日本においては天候条件、エネルギーコスト、政策面でのギャップといった要因により、依然として導入・展開における課題が大きいことが強調された。登壇者は、DACは最終的に公共財として位置づけられるべき技術であり、航空産業や国防分野における調達と同様に、政府調達および政策的支援が主要な需要ドライバーとして機能する必要があると指摘した。

海洋CDR

 最終セッションでは、Idemitsu Americas および複数の海洋テック企業が登壇し、海洋CDRが取り上げられた。直接海洋吸収からアルカリ性強化まで多様な技術が紹介され、日本が海洋気候ソリューションへの関心を深める中、海洋CDRは有望な領域として位置づけられた。

まとめ―日本のカーボン市場を加速する双方向の呼びかけ

 二日間を通じて最も強く印象に残ったのは、日本がカーボン市場と炭素除去において、まさに「決定的な10年」に突入しているという点である。制度設計や政策、金融メカニズムの整備は急速に進展している一方で、国内における供給量はいまだ限定的であり、世界では高品質かつ高完全性のクレジットを巡る競争が一段と激化している。

 世界のカーボンクレジットおよびCDR提供者にとって、日本は依然として未開拓でありながら極めて大きな市場機会を秘めている。日本企業は、透明性、検証可能性、耐久性を備えた除去ソリューションを強く求めており、堅牢なデータ、信頼性の高いMRV、そして長期的な安定性を提供できる事業者は、日本の産業界、金融界、公共部門において幅広い連携機会を見出すことができるだろう。

 同時に、日本企業自身も、高品質なCDR供給を確保するために早期の行動が求められている。小規模なパイロットの実施、早期オフテイク契約、共同開発投資、カタリティックキャピタルの活用といった取り組みは、GX-ETSへの備えや、CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism:EUが輸入品に炭素価格を課す制度)への対応を可能にするだけでなく、アジア太平洋地域におけるリーダーシップの確立にもつながる。

 日本は、より多くの高完全性を備えた炭素除去ソリューションを必要としており、同時に、世界のCDR開発者はコミットメントの高い早期採用者を求めている。日本が海外の気候イノベーターを積極的に受け入れ、国内企業が炭素除去への投資を前向きに拡大していくことで、信頼性が高く、将来に備えた健全なカーボン市場の成長を加速させることができる。

CDR業界の熱量は疑いようがなく、DeCarbon Tokyo 2025 Conferenceでは、大胆なコミットメントや革新的なソリューション、そして注目に値する技術が数多く紹介された。一方で、筆者の視点では、業界は洗練されたプレゼンテーションの段階を越え、より実装可能で具体性のある戦略へと移行すべき局面に差し掛かっている。これが伴わなければ、脱炭素化の取り組みが掲げる変革的なインパクトは実現し得ないだろう。 中でも、バイオチャーとダイレクトエアキャプチャー(DAC)に関する議論は特に印象深く、いずれも実践性と長期的な潜在力を兼ね備えた、重要なアプローチであると感じられた。