世界は今、都市のあり方を根底から変えようとしている。2020年の国連の調査によると、世界人口の55%は都市部に集中し、GDPの約80%を占める。交通渋滞、気候変動、医療アクセス、災害対応――複雑に絡み合う課題に対し、デジタル技術とデータ統合で解決を試みる「スマートシティ」。米Markets and Markets社の2024年の調査によると、スマートシティ市場は急成長を続けており、2028年までに約1兆1144億ドル規模に達すると予測されている。この市場への日本企業の関与は、自社の強みを都市運営というリアルな場で検証し、新たな価値を世界に示す絶好の機会である。 フランス発スタートアップ Kentyou は、15カ国以上のスマートシティプロジェクトに参加し、都市の交通やヒートアイランド対策、エネルギー消費などを可視化・分析する都市オペレーティングシステムを開発。活動は日本にも及び、行政や企業と連携しながら、都市のリアルな課題を舞台にした実証プロジェクトを展開してきた。「都市の血流」を可視化し、未来を予測する「データ基盤、デジタルツイン、AI」による意思決定支援――彼らの取り組みは、技術だけでなく共創と実証を通じて、持続可能な都市の可能性を切り拓く。今回は、KentyouのCEOへの独占インタビューから、欧州スマートシティ市場の潮流、そして日本企業が果たすべき役割を、最前線で取り組む現状とともに紹介する。
拡大するスマートシティ市場、その世界的な潮流の最前線で輝きを放つのが、フランスを拠点に活動するKentyouだ。創業者でCEOのレヴェント・ギュルゲン氏はトルコ生まれ。フランスと日本での研究・実務経験を経て、都市が抱える課題を「データで解く」ことを志した人物だ。
レヴェント氏は数学を専攻し、博士課程ではデータマネジメントやセンサーネットワークの研究に没頭した。慶應大学や日本企業との共同研究を通じて、つくば市や藤沢市など、日本の都市でスマートシティの実証実験に関わった。「都市は人々の生活がリアルに交錯する場であり、データサイエンスが最も深いインパクトを持つのはここだ」と感じ、活動の場をスマートシティの分野に求めた。
Kentyou自体は2020年の創業だが、その根底にはCEA(フランス原子力・代替エネルギー庁)での7年にわたる研究開発活動がある。現在、Kentyouは欧州のIoT・スマートシティイノベーションのエコシステムの分野で、15以上の国際プロジェクトに参加・貢献。データの収集、集約、分析、可視化、および意思決定を支援するためのソリューションを提供。都市のデジタル化およびグリーン化への移行を支援している。
同社のチームにはIoT、データ分析、AIの専門家が集い、都市運営のためのデータ基盤と意思決定支援ソリューションを提供している。その旗艦となるのが「Kentyou Data Hub」「Kentyou Eye」といったプロダクトだ。
Kentyouの技術は単なるプラットフォームではない。それは都市の血流を可視化し、未来を予測し、意思決定を支援する都市オペレーティングシステムだ。
データの世界では、異なるデバイスやプロトコルを接続し統合することが最初の難関となる。Kentyouがベースとしているオープンソースプラットフォーム「Eclipse sensiNact」は、IoTデバイスのデータを統合・集約して活用できるようにする仕組みだ。各種センサーから計測した、過去の収集データからリアルタイムデータまで自在に扱い、都市のさまざまなドメインを一枚の統合ビューとして表現することができる。Kentyouでは、このプラットフォームを拡張、セキュリティを強化し、現実空間と対になるデジタル仮想空間「デジタルツイン」を作成。履歴データを高度に解析できる機能を備えた「Kentyou Data Hub」として提供している。
Kentyou Eyeは、Data Hubの上にデータ分析・可視化・予測モデルを組み合わせた意思決定支援ツールだ。それは単なるグラフや地図を表示するだけでなく、都市全体の動きを俯瞰し、未来を予測し、施策の影響をシミュレートする機能を備えている。
こうした機能は「都市経営を直感的に理解するワンストップのコンソール」として、スマートシティかを進める都市管理者や政策立案者にとって欠かせないツールとして注目が集まっている。
「モビリティ」「ヒートアイランド」「エネルギーの効率化」は、世界中の都市が共通して抱える最前線の課題で、その解決策は欧州を中心に活発に議論されており、Kentyouもこの分野のソリューションを提示している。
交通は都市の血流に例えた場合、実際にその血流をリアルタイムに「読む」ことは容易ではない。道路センサー、カメラ、GPSデータ、過去の交通データを統合し、都市全体の交通状況を見える化するのが「Kentyou Mobility Hypervisor」だ。 リアルタイムの異常検知、渋滞傾向の可視化、ボトルネック分析などは、単に交通効率を高めるだけに留まらず、救急車や公共交通との連携による都市機能全体の最適化を可能にする。
気候変動が進む中、都市の気温上昇は人々の生活と健康に直結する深刻な課題となっている。Kentyouは衛星データ、センサー情報、土地利用データなどを統合し、ヒートアイランドのリスクを可視化・分析するソリューションを提供。将来の建設計画をシミュレーションし、最も住みやすい都市デザインを支援する。
自治体が所有する施設やインフラの消費エネルギーを統合して可視化・分析することは、カーボンニュートラルへの移行に直結する。Kentyouのソリューションは、過去の消費傾向分析、カスタマイズ可能なアラート、レポート生成などを通じて、効率的なエネルギー使用設計とコスト削減の戦略的意思決定を支える。
これらの取り組みは単なる技術実装に留まらず、市民が快適に暮らし、都市が持続可能性と競争力を同時に高めるための具体的なソリューションとして評価されている。レヴェント氏は言う。「都市のデータを孤立させてはいけない。モビリティ、建物、エネルギー、環境は互いに影響し合う。統合的にデータを活用し、共創ネットワークを作ることがこれからの都市に不可欠だ。」
Kentyouは、欧州の非営利ネットワーク、Urban Technology Alliance (UTA) を牽引しており、その活動とも深く連動する。UTAは世界各国の都市・企業・研究機関をつなぎ、リアルな都市空間でのパイロット実証に特化している。単なる技術デモに留まらず、都市政策や市民参加の仕組みに踏み込み、都市を「実験場」として活用する点が特徴だ。
【医療】ギリシャ・アテネではe-Healthサービスの実証実験。クラウド上で医療データをリアルタイム処理し、高齢化や医療アクセス偏在への対応策を検証。
【防災】フランス・パリで洪水シミュレーションの検証。IoTセンサーや映像解析、地理情報を統合し、災害時の意思決定の高度化を目指す。
【デジタルツイン】アイルランド・Fingal County Councilで市民が都市計画を仮想空間で体験。住民参加型の意思決定支援ツールの可能性を検証。
【都市物流】スペイン・バルセロナで貨物車両の利用状況を可視化し配送効率化、CO₂削減に向けたトライアル。
【モビリティ】トルコ・イスタンブールでAI交差点管理。NYCでもスマート交差点の実証が進行。
【気候変動】ダブリン・サンディフォード、フランス・グルノーブルでヒートアイランド対策、緑地配置を検証。
【日本での実証】藤沢市で公園管理に影響するデータ収集。市民参加型運営の可能性を検証。
レヴェント氏は「重要なのは、技術を押し売りすることではなく、都市社会が何を必要としているかを起点にすることだ」と強調する。
日本企業にとって、欧州スマートシティ市場への参入は、単なる海外展開ではなく、都市運営というリアルワールドで、自社の技術を社会的インパクトとして証明する絶好の機会である。欧州のスマートシティ市場は2025年に約2029億ドル規模と見積もられていたが、2030年には4084億ドルへと倍増が予測されており、スマートシティ分野に関する意見交換が活発に行われている。データガバナンスやAI活用、IoT統合の政策的推進が進む欧州では、日本企業の精密技術、省エネソリューション、都市インフラノウハウがプロジェクト成功の鍵となりうる。
レヴェント氏は語る。「日本企業は重要な目的に向かって意識を統率する勤勉性を備え、デッドラインを守りながらも実証を繰り返す、粘り強い精神を持っている。ハードワーキングで、コラボレーションに寛容な姿勢も信頼に値する。」さらに日本が、多種多様な気候・規模感の都市を有していることは、欧州のスマートシティの潮流に大きな貢献が可能だと期待できる。Kentyouは現在、北海道のデータ実証プロジェクトに関わっている。地震や雪害、さらには、熊の出没といった気候変動による近々の課題にも、欧州で培ったデータサイエンスで解決へ導くべく、奮闘を続けている。
スマートシティは単なる効率化の手段ではなく、都市の社会構造そのものを変える力を持つ。KentyouとUTAの取り組みは、テクノロジーだけでなく、データ統合・共創・実証を通じた都市運営の新しい基準を提示する。レヴェント氏は最後にこうまとめる。「スマートシティの裾野は広がり、世界中で知られるトピックになった。欧州で大切にされている価値観は、Co-Innovation(共に革新を遂げる)、Co-Solution(共に解決する)。都市同士がつながってクリエイショングループの輪を広げていくことが何よりも重要視されていて、多くの団体、地域がそれを理解している。」
都市の未来を形作るのは、技術だけではなく、現場での実証と市民参加、そしてデータ駆動の共創である。日本企業がこの潮流に関与することは、都市のあり方を再定義し、持続可能で人間的な都市を創る、新たな挑戦の出発点となるはずだ。