4月20日からの5日間、世界最大級の産業見本市「ハノーバーメッセ2026」が、ドイツ・ハノーバー市で開催された。日本からの注目も高かったこの展示会では、「産業用AI」が中心テーマとなり、各社からその最先端技術が発表された。 地政学的な問題も加わり、サプライチェーンの不確実性が増すなど、事業の複雑性が増すなか、業務プロセスを最適化・改善し、機動力と競争力をあげていくことが、今後の鍵を握る。 そのためにAI活用が重要になるが、 今年のハノーバーメッセではどのようなイノベーションが示されたのか、現地の様子を紹介する。
今年4月20日から24日、世界最大級の産業見本市である「ハノーバーメッセ2026」が、ドイツ・ハノーバー市で開催された。世界55カ国・地域から3000以上の組織が出展し、世界各地から11万人が来場。
日本からの関心も高く、日本企業が欧州子会社も含めて30社ほどが出展したほか、日本貿易振興機構(JETRO)とアビームコンサルティングが「ジャパン・インダストリアル・パーク」を設置して日本のソリューションについて紹介した。日本からの参加者数も多く、EU外からの参加者としてはトップ5に入るほどだった。
今年のハノーバーメッセを特徴づける主要テーマは、AIを使って工場をより効率化・自動化する「産業用AI」だ。AIはすでに工場や企業のオペレーションに実装され、製造、保全、設計、サプライチェーン、エネルギー管理、出荷まで横断して最適化・プロセスを改善する産業変革の中核技術として位置付けられつつある。
「生成AI」から「AIエージェント」へと進化してきたAIは、周囲の状況を分析して物理空間に直接作用する「フィジカルAI」へと発展し、実装段階に入っている。今回の展示会では、フィジカルAIの最新事例や、それを応用した人型などの数々のAIロボットが紹介された。
産業の展示会であるハノーバーメッセは、もともとハードウェアを中心とした見本市だったが、製造業のデジタル化が進むにつれ、ソフトウェア企業の出展も多くなった。ソフトなしのハードはもはやなく、各社がそれぞれの強みを活かしたアプローチでAIソリューションの開発を進めていた。たとえば独シーメンスがデジタル化・最適化するのは、一貫したエンジニアリングプロセス全体であるのに対し、基幹システムを提供する独SAPは、サプライチェーンや製品プロダクトサイクルのデータをベースにプロセスを改善する。
また、今年のパートナー国となったブラジルからは300社以上が出展し、強い存在感を示した。開会に際してはブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領が挨拶し、同国を「グリーンで、イノベーティブで、競争力のある産業のパワーハウス」と強調した。再生可能エネルギーやバイオ燃料を多く生み出すブラジルは、テーマの一つ「エネルギー」分野でドイツから特に強い期待を持たれている。
各社ともAIを活用したソリューションを紹介するなかで、特に強調されていたのが、周囲の状況を知覚し、推論し、現場で物理的な行動に繋げていく「フィジカルAI」の実装だ。ロボットやさまざまな装置に搭載されたセンサーによって集められたデータが、AIによってリアルタイムで分析され、それをもとに機械が自律的に判断、工程を調整する。トラブルを通知するだけでなく、事前に予測し、自律的に対応するレベルにきている。
このフィジカルAIのリーディング企業で、ソフトバンクが出資する、ドイツのAIロボット企業「アジャイル・ロボット」は、研究開発用のヒューマノイドロボット「Agile ONE」を発表した。産業現場向けに設計され、他のロボットシステムや人間の同僚と安全かつ効率的に協働しながら、継続的に学習し、自律的に行動を最適化する。
ヒューマノイドロボットは、自ら移動し、大きさも一定でないものを適切に持ち上げるなど、より柔軟で繊細な動きができることから、今後の活用が期待されている。
同社が2023年に買収した、ドイツのAIロボット企業「フランカ・ロボティクス」からは、 人の動きを真似させ、AIに学習させられるアーム型ロボット「FR3 DUO」が展示された。
他にもPaXini、XPengなどの中国企業もヒューマノイドロボットを展示し、700社近くが出展した中国企業の産業用AIにおける存在感は大きかった。アジャイルロボットも、中国出身の研究者が創業し、ドイツと中国に拠点を持つ。
ほかにも、シーメンスが、英国の「ヒューマノイド社」との提携から生まれ、試験運転中のヒューマノイドロボット「HMND 01 Alpha」を発表するなど、各社ともさらに先の技術の先を見せようとしていた。
このフィジカルAIを支える基盤として「デジタルツイン」でのシミュレーションの重要性も繰り返された。現実世界で集めた膨大なデータをAIが分析して仮想空間に産業環境をリアルに再現するというものだ。リアルタイムで精緻なシミュレーションができるようになったことで、どこにフィジカルAIを導入し、どうプロセスを改善していくかも事前検証しやすくなっている。
シーメンスはNVIDIAとともに、産業用のデジタルツインソリューション「デジタルツインコンポーザー」を開発し、今年公式にリリースした。
独サプライチェーン装置・トラック大手の「キオン」のロブ・スミスCEOは、このソリューションを導入し、顧客への提案にかかる時間を大幅に削減できるようになったことを、シーメンスの記者会見で次のように語った。
「サプライチェーンはかつてないほど複雑化し、現在もあらゆる地点で状況が変化して困難な状況にある。この状況にレジリエントに対応するには、選択肢を用意し、リアルタイムでより柔軟に最適化できる体制を整えなくてはならない。そこで我々はデジタルツインを活用し、既存の顧客の物流センターのデータを集め、我々のどのソリューションをどう使うと、どんな変革が起きるかを事前にシミュレーションできるようになった。
その結果、数年かかることもあった、物流センターの自動化ソリューション策定を、数ヶ月へと劇的に短縮できている。デジタルツインでの検証の結果、フィジカルAIを実装した自律走行車を物流センターで活用し、生産性を高めた顧客もいる」
デジタルツインでの検証は、現場にフィードバックされ、フィジカルAIの精度を高めていくことにもなるため、欠かせない技術となっているとも語られた。
シーメンスは、産業用シミュレーションおよび解析ソフトウェアの米アルテラを2024年に買収するなどして、デジタル・AI人材を強化し、知見を強化してきた。同社は、AIを各工程に分断して使うのではなく、プロセスを横断的に結びつけて、より包括的に最適化し、プロセスを改善しつづけるソリューションを提供する。
AIによる包括的な分析・学習にあたってまず必要になるのは、オペレーションに関するデータを集めることだ。大量のデータを保有していても、それを十分に活用できていない企業が多いため、まずは分断されていたデータを統合するところから始まる。そうすれば、AIを用いてリアルタイムの分析とプロセスの自律的な最適化をできるシステムを導入でき、プロセス改善にもつなげられる。
シーメンスのエアランゲン工場では、従来機械化が難しかった一部の梱包プロセスを、AIに学習させてロボットに実行させられるようになったという例が挙げられた。最先端技術を導入した同工場は、世界経済フォーラムに「世界で最も近代的な工場」として認定されている。
フィジカルAIの技術が加わることで、工場のオートメーションはさらに展開し、「真っ暗な無人工場」の実現も近いという声がハノーバーメッセでは多々聞かれた。
また、シーメンスは、産業オートメーションに特化し、自律的にタスクを実行するAIエージェント「アイゲン・エンジニアリング・エージェント」の一般公開を発表。
これはシーメンスの統合エンジニアリングポータルに搭載されるAIエージェントで、AIが品質管理基準に従いながら、自律的に作業を実行できる。従来は、ユーザーの問いかけに対して答えや提案を出す「コパイロット」型のエージェントが主だったものの、これはAIが自らエンジニアのタスクをこなすというレベルに達している。
「非常に複雑なタスクを分解し、各プロジェクトの文脈や制約を完全に把握した上で、企業の求める基準に応じてタスクをこなせる。作業を進めながら自身のパフォーマンスを評価しつつ、段階的に実行するので、ミスを犯した際には自ら修正することが可能だ」と、AI部門ヘッドでシーメンスEVPのバシ・フィロミン氏はそのイノベーティブさを記者会見で強調した。
このようにAIが自律的にタスクをこなせるようになれば、人材難に直面する欧州や日本の製造業各社は業務を一気に効率化でき、生産プロセスを大きく変革できるだろう。
2つ目の主要なトレンドは、業務データを全工程で統合し、業務オペレーションの意思決定をAIが補助または自動化する製造業向けSaaSの進化とデータの統合である。
従来は、ERP、CRM、設計など、機能別にSaaSが導入され、データが分断されて十分に活用されてこなかった。しかし、SAPなどはこれらのデータを、ビジネスAIを使ってつなぎ、サプライチェーン、あるいは製品ライフサイクル単位でのプロセスを最適化する構想を打ち出した。製品開発から、製造、梱包、出荷までのデータをAIがリアルタイムで分析し、リスクがあれば事前に通知し、問題に対処できるようになっている。
SAPのブースでは、医薬品包装システムを製造する独ウールマンとSAPが共同で設計したハイテク包装機「PacXplorer」が展示された。この機械はSAPシステムに統合され、データを基に稼働する。受注管理から、計画、生産などのプロセスから梱包・出荷までのデータがSAPのシステムでリアルタイムに一元管理され、機械はデータに基づき、小ロットであったとしても、個別の梱包作業を自動で実行できるのだ。
シリアル化や市場別のラベル貼付までが自動で実行され、途中でリスクが見つかれば、AIエージェントが提示する。なお、梱包機にはセンサーがついており、梱包後の外観などをAIが自動で分析し、品質上、問題があるものは自動で除去されるようになっている。
なお、このデータ駆動型の包装機は、独連邦経済・エネルギー省の支援で始まった、製造業のデータ標準化イニシアティブ「Manufacturing-X」のなかの、機械業界向けコンソーシアム「Factory-X」から生まれた。このイニシアティブは、データ規格を業界で統一し、一部データを共有できるようにして相互運用性を高め、オープンなデータエコシステムを作ることを目的とする。
ウールマンもSAPもFactory-Xに参画し、データを業界間で安全に連携して製造現場に生かせるように様々な研究に取り組み、この包装システムの実証実験に取り組んできた。
会場ではManufacturing-Xを含む、ドイツの産業デジタル化を推進するための産官コミュニティ「プラットフォーム・インダストリー4.0」のブースも大規模に設けられていた。インダストリー4.0とは製造業の現場をデジタル化し、スマートファクトリーを実現するという、2011年ごろにドイツ政府が掲げた国家戦略だ。
そのためにデータの相互互換性を高めることが早くから目指され、Manufacturing-Xで業界ごとに基盤を共通化したデータエコシステムの整備が進められてきた。
自動車業界におけるデータエコシステム「Catena-X」はすでに実用化され、多数のサプライヤーも含めてデータ規格が統一されている。その結果、「Cofinity-X」というデータ交換システムを通じて、異なる階層のサプライヤーの間でも品質などのデータの受け渡しがシームレスに自動でできるようになった。
なお、Catena-XをSAPのサステナビリティ・データ・エクスチェンジシステムと繋げれば、企業はERPシステムから自動でデータを得て、バリューチェーン全体での製品カーボンフットプリントのデータをシームレスに取得できるまでになっている。
このようにデータの共有システムを整備することで、サプライヤーも含めた業務の最適化がより容易になる。変動するエネルギーや原料価格への対応、サプライチェーンが断絶したときの判断といった経営レベルの意思決定にも、適切なデータを得た上で対応できるのだ。
インダストリー4.0プラットフォームでは、さらに欧州独自のクラウドというデジタルインフラを作り、産業用AIの推進にデータとクラウドを用いることが目指されてきた。
気候変動が進む一方でAIの活用によってエネルギー消費量とコストが増大するなか、企業はエネルギー効率を高める必要性に迫られている。フランスの「シュナイダーエレクトリック」は、電力消費を最適化するAI駆動の自動化システムを発表した。
同社はマイクロソフトやデルなどのソフトウェア企業と協力し、AIエージェントやデジタルツイン環境を提供するなど、業務効率化とエネルギー最適化を同時に進められるソリューションを提示している。
同社のAIを活用した新しい制御ソリューションは、インドのグリーン水素企業・h2e Powerの固体酸化物電解システムに導入され、安定稼働が難しかった電解装置が6,000時間以上継続したという。電解システムの熱バランス、水素流量、エネルギー量、設備の状態などを継続的に監視・自動調整するようになったことで、10MWプラントで年間約50万ユーロのコスト削減が可能となった。
さらにグリーンエネルギーへの転換は欧州における大きなテーマとなっており、水素やバイオ燃料、関連ソリューションを提供するスタートアップなども多く出展していた。 今年のパートナー国であったブラジルは、1月に調印されたEUメスコスール自由貿易協定も後押しし、再生可能エネルギー供給国として、ドイツから期待をかけられる。
100%植物由来のバイオディーゼルを使ってブラジル内を試験走行させたというフォルクスワーゲン・トラック&バスのトラックも展示されていた。
今年のハノーバーメッセの焦点となった、プロセス横断型の産業用AI・フィジカルAIは、どれも複数企業のコラボレーションで実現している。さらに、AIを導入するために、いかに社内外のシームレスにデータを集め、活用するかが重要になっている。
労働力不足に直面する日本の製造業も、最先端のAI技術を持つ海外の企業との提携やスタートアップへの投資を積極的に進め、最新技術を導入することで、その恩恵を受けられるだろう。
シーメンス・デジタルインダストリーズ CEOのセドリック・ナイケ氏の記者会見での言葉が印象的だった。
「中国と米国という二つの産業の超大国に対して、欧州に残された唯一のチャンスは、AIを活用したモデルを迅速に採用し、我々が持つ能力や知識を活用していくことだ。もし待てば、その分何かを失うことになる」
強力な産業を持つ欧州のトップ企業でもこの危機感である。AIを使った事業変革については待ったなしだ。
今回のハノーバーメッセでは、AIを使ってどう競争を勝ち抜くのかという具体的なアプローチを見せつけられた。 日本企業にとっての価値は、欧州の最新トレンドを追うだけではなく、それらの技術をどう自社に活かして事業を発展させられるか、どの企業と提携してどの技術を採用するかを具体的に考えるチャンスとすることにあったと言えるだろう。