「異彩を、 放て。」をミッションに、障害のイメージ変容と福祉を起点とした新たな文化の創出を目指すクリエイティブカンパニー「HERALBONY(ヘラルボニー)」。障害のある作家が描く2,000点以上のアート作品をIPライセンスとして管理し、正当なロイヤリティを支払うことで持続可能なビジネスモデルを構築している。2024年には、世界最大のラグジュアリーグループ・LVMHが主催する「LVMH Innovation Award」で世界の革新的スタートアップ18社のファイナリストに選出。カンヌライオンズのゴールドライオンも受賞するなど、国際的な注目を集めている。さらに同年、ヨーロッパ進出の拠点としてフランス・パリに現地法人「HERALBONY EUROPE」を設立。その立ち上げと現地での事業推進を担うのが、HERALBONY EUROPEのCEO・忍岡真理恵氏だ。日本と海外でキャリアを築いてきた彼女は、異文化の狭間でいま何を見つめ、どんな課題と向き合っているのか。パリでの活動を軸に、その現在地と未来を伺った。
自社ブランド「HERALBONY」の運営をはじめ、企業との共創やクリエイティブを通じた企画・プロデュース、社員研修プログラムを提供。さらには、国際アートアワード「HERALBONY Art Prize」を主催し、今年度は世界77の国と地域から約3,000点の作品が寄せられるなど、アートを軸に多角的な事業を展開している。
ヘラルボニーの名が世に知れ渡り始めたのが2024年。ルイ・ヴィトンなどのメゾンを傘下に持つ世界最大の複合企業LVMHが設立した世界各国の革新的なスタートアップを評価する「LVMH Innovation Award」にて、日本企業として初めてファイナリスト18社に選出され「Employee Experience, Diversity & Inclusion」のカテゴリ賞を受賞。来場者からは「AIやテクノロジーが席巻する世界で、人間らしさに光を当てる重要な取り組みだ」といった声が上がるなど、ヘラルボニーが掲げるミッションの普遍性は国境を越える共通項であることが証明された。
2024年9月、ヘラルボニーは仏LVMHグループの支援を受け、世界最大級のスタートアップキャンパスとして知られるフランス・パリの「STATION F」にオフィスを構えた。約1000社もの企業が同居するこの場所に、現地の子会社として設立したのが「HERALBONY EUROPE」だ。ライセンス事業を軸に現地企業との協業を目指すべく、今日まで活動を続けている。
「入社した2年半前から、海外での事業に関わりたいという気持ちがずっとありました。」
忍岡氏がヘラルボニーに加わった当初から、グローバル展開への関与は明確な希望だった。語学力やビジネス経験から、COOとしてヨーロッパ事業を統括することになった。 海外で育った忍岡氏が帰国子女として日本に戻った1990年代。阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、そして長引く不況——社会全体に重たい空気が漂っていた時代だ。
「暗く落ち込んだ日本を、どうにか元気にしたい。」
その思いから最初に選んだ職場は、経済産業省。特許法、商品先物取引法、民法等の改正プロジェクトに従事した。 その後、アメリカに渡り、ペンシルベニア大学ウォートン校MBA(経営学修士)修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京支社に事業戦略などに携わった後、株式会社マネーフォワードにて事業開発、社長室長、IR責任者を務める傍ら同社の海外投資家対応などを担ってきた。
海外に目を向けて仕事をする一方、日本の強みについてふと考えることがあった。時代の変遷と共に日本のテクノロジーやプロダクトだけで世界一を目指すことの難しさを感じていた。そんな時に出会ったのが、ヘラルボニーの取り組み、そして欧州への挑戦の現場だった。スタートアップの「創業」は初めてだったが、異文化とビジネスの橋渡しという点では、これまでの経験がそのまま活きるポジションであった。 「ヘラルボニーが向き合っているのは、世界中どこにでもある共通課題。言葉を超えて伝えることができ、日本の美的感覚や価値観を活かすことができる。ユニバーサルな挑戦だと思いました。」
写真提供:株式会社ヘラルボニー
障害のある作家によるアートの販売自体は、世界各地ですでに行われている。しかしヘラルボニーの独自性は、アートを「IP(知的財産)」として捉え、ライセンスビジネスと掛け合わせた点にある。 「アートを大衆化して売ることは矛盾している、という考え方もあります。アートをIPにするのは難しい、とも言われてきました。」
それでも成立している背景には「日本がキャラクタービジネスの本拠地である」こと、そして「西洋美術の文脈が主流ではなかった」からこそ、既存のルールに縛られず挑戦できるという環境があった。 「ヘラルボニーは、見ていて気持ちいいという感覚、美的センスを大切にしています。あえて分かりやすい日本的モチーフは使わず、ものづくりの視点や仕組みに日本らしさを残す。その伝え方のバランスには、かなり悩んでいます。」
パリで事業を始めてから忍岡氏が最も強く感じているのは、日本でうまくいった成功の方程式がそのまま通用するわけではない、という現実だ。 ヘラルボニーは、創業者である松田文登氏、崇弥氏の「自閉症の兄へ向けられる冷たい視線を変えたい」という思いからはじまった。「障害」という言葉の中に押し込められた、一人ひとりの個性である「異彩」を解き放ち、先入観や常識というボーダーを超え「100年先の⽂化をつくる」挑戦が、ブランドの中核的価値として共感を集めてきた。
しかし、このストーリーをフランス人に話しても「どこか遠い異国の話」として捉えられてしまうという。
「実はフランスは、他のヨーロッパの国と比べて障害福祉が遅れていると感じます。障害者が社会で平等に扱われるインクルージョンが、2000年代まで確立されていなかった。これまでのリサーチでは、障害がある方の特性を活かした画期的な取り組みをそれほど確認できていない。」
「アートを取り巻く環境も、障害に対する考え方も、日本とフランスでは全く違います。障害者に対する見方を変えたい、という理念を持って海外に挑戦しているが、まずはフランスの価値観を理解しないといけない。」
フランスでの雇用は、労働法の観点からもハードルが高く、当初想定していなかった。しかし、日本とフランス両国の価値観を理解していくために、昨年9月から2名を現地採用した。目指しているのは、プロダクトや表現を輸出することではなく「事業のフレームワークそのもの」をフランスに移植することだ。日本発のコンセプトを軸にしながら、フランスの企業や人材が主体的に運営できる形を模索している。
ヘラルボニーは現在、国内外79の福祉施設、293名以上の作家とライセンス契約を締結している(2025年12月時点)。HERALBONY EUROPEとしては、設立後、ベルギー、ドイツ、スペイン、イギリスなど、10の施設、団体との契約を締結した。 その方法は、驚くほど地道だ。
「検索して、インスタを見て、とにかくメールを送る。でも、メールだけでは絶対に伝わらない。実際に会って人となりを知ってもらって、初めて理解してもらえる。どこの施設も素晴らしいアートがあるのに、なかなか外の世界に発信できていないという現状。自分たちで売るが、継続的にスケールを維持しながら施設運営と並行してやることに限界を感じる。」という共通の課題が聞こえてくるという。
写真提供:株式会社ヘラルボニー
「ヨーロッパに長期滞在するのは初めてですが、人生において本当に素晴らしい経験です。」
アメリカと日本、そしてフランス。三つの軸を知ることで、世界を立体的に捉えられるようになったと忍岡氏は語る。 「アメリカでは、会議の最初からビジネスの話を始める。いくら儲かって、どういうファイナンスなのか。ところがフランスは、まず関係性の話から。誰の紹介で、あなたはいい人なのか、悪い人なのか。さらに哲学の話があって、やっとビジネスの話になる。最短距離ではうまくいかない。」
フランス人の働き方にも影響を受けている。18時に仕事を終え、人間らしく暮らし、また次の日にチャージする。そのリズムが、結果的に持続可能な働き方につながっている。
拠点とするStation Fの存在も、事業を後押ししている。「名刺にStation Fと書いてあるだけで、信頼していただける。パリではそれほど知名度が高い。」規模の大きさ、イベントの多さ、スタートアップが集中する環境。すべてが揃うことで、事業に集中できる土壌が生まれているという。
写真提供:株式会社ヘラルボニー
HERALBONY EUROPEの今後の課題は「圧倒的な認知度向上」だと、忍岡氏は語る。コラボレーション事業など、BtoBを軸にしながらも、BtoCのセールスでファンをつくり、ブランドとして知られる存在になる。そのための両輪を回していく。 同時に、フランスをはじめヨーロッパ各地で作家を発掘し、ネットワークを広げていく活動も続ける。
「自分たちが異国の地で毎日やっていることが、どこの何につながるのか、いつも考えながら活動しています。契約を結んだ施設の皆さんを紹介するための撮影を現地で行っていると、作家さんやご家族が暖かく喜んでくださることは嬉しいです。」
2025年9月のパリ・ファッションウィークでは、日本のファッションブランド「アンリアレイジ」とのコラボレーションで生み出された作品が発表された。ヘラルボニーと契約する18人の作家による鮮やかで生命力溢れる表現が落とし込まれた服。時代を牽引するファッションカルチャーを発信するパリという“最良の場所”で、障害のある作家のアートが使われたことは、ヘラルボニーにとって象徴的な出来事となった。 「いいことだからやっているのではなく、ここまでできることを証明できた。そのこと自体に、大きな意味があったと思います。」

ヨーロッパでの挑戦は、まだ始まったばかりだ。パリから、その先の世界へ。「異才」を「異彩」として価値を広めていく旅路は、これからも続いていく。
今回の取材を通して、海外事業の先端にいるHERALBONY EUROPEの取り組みから、ラッキーでは進むことができない地道な営業活動、国ごとの文化的な側面を理解することの重要性を実感した。世界の共通課題に向きあう、ユニバーサルな企業として成長していくために、捉え方が千差万別な「アート」の魅力をどのように伝えていくのか。世界進出の動向に引き続き注目していきたい。