歩行者事故ゼロを目指すハンガリー起業家 交通の未来を変える挑戦

世界では毎年、多くの歩行者が交通事故で命を落としている。信号や標識が整備された都市であっても、横断歩道は必ずしも安全な場所とは限らない。特に夜間や視界の悪い状況では、歩行者の存在はドライバーから見えにくく、一瞬の見落としが重大な事故につながることもある。こうした課題にテクノロジーで挑んでいるのが、ハンガリーのスタートアップ VisibleCrossingだ。同社が開発したインテリジェント横断歩道システム「SafeXOne」は、歩行者の動きをセンサーで検知し、ライトやレーザーでドライバーに注意を促す仕組みを持つ。開発を率いるCEOのラースロー・ナジ氏は、「歩行者事故をゼロにする」という明確な目標を掲げ、この技術を世界各地の都市へ広げようとしている。小さなチームから生まれた挑戦は、都市交通のあり方そのものを問い直そうとしている。

歩行者事故ゼロを目指す起業家――SafeXOne®で都市交通の未来を変える

ハンガリーの中西部、歴史ある都市、セーケシュフェヘールバールの静かな通り。ここに拠点を置くスタートアップVisibleCrossingは、歩行者と自動車が交錯する都市空間を“より安全なもの”に変えるべく挑戦を続けている。彼らが開発したSafeXOneというインテリジェントな横断歩道システムは、既存の交通インフラを単に補完するのではなく、IoTとデータを活用しながら安全性を可視化し、事故を未然に防ぐことを目的としている。

 VisibleCrossingが開発したSafeXOne 画像提供:VisibleCrossing 

この挑戦を率いるのが、共同創業者でありCEOのラースロー・ナジ氏だ。誰もが安全に道路を横断できる都市をつくり、歩行者の交通事故を世の中からなくしたい。――その強い意思は、ある日、彼自身の目の前で起きた出来事によって湧き上がった。

事故現場で目の当たりにした“一瞬”が投げかけた問い

「2015年の冬、まだ薄暗い早朝に車で仕事に向かっていたときのことです。とある横断歩道の近くで救急車が停まっていました。小さな子供を連れたお母さんを、救助隊が抱え、運び出しているのが見えました。職場に向かっていたのと、救助が来ていたことで、自分がそこでクルマを止めなければならない、という判断には至りませんでした。しかし、誰もが望んでいない不幸な出来事が突然訪れてしまう悲しい現実、その少女はどんな気持ちでその場にいたのか――そんな思いが頭を離れませんでした」。

ナジ氏は、事故現場で見かけたその一瞬が忘れられずに、自問自答を続けたという。「どうすれば歩行者を守れるのか」。この問いこそが、VisibleCrossingの出発点であり、SafeXOneの原型となる技術検討のきっかけになった。

歩行者が道路を横断する際、前方ではなく、左右から向かってくる車に対する視認性は低い。そして、高速で進む自動車、そしてガラス以外のフレームにより視界が制限されるドライバーの反応時間の限界は、交通事故の発生要因として統計的にも繰り返し指摘される。特に夕暮れ時や夜間、道路照明や信号の視認性が不十分な場所では、横断歩道そのものが「ルールに守られた安全なはずの場所」でありながら、重大なリスクをはらむ場所になってしまう。

「私たちは、この視認性の問題をテクノロジーで解決できるのではないかと考えました」とナジ氏は語る。

横断歩道の機能を拡張するレーザー技術

 センサーが人の動きを感知してレーザーを照射するシステム 画像提供:VisibleCrossing 

SafeXOneは、一般的な横断歩道に一線を画す仕組みを採用している。歩行者が横断を開始すると、赤外線や圧力センサーなどがその動きを検知し、横断歩道の四隅に設置された高輝度フラッシングライトが点灯する。さらに夜間や視認性が低い条件では、路面に赤と緑のレーザーを照射。「光のカーペット」のような視覚効果を生み出し、そのカーペットの間を動く歩行者の足やベビーカー、カートなどの車輪の存在を、車両側に明確に示すことができる。

 運転者から見て正面の人の動きが把握しやすいSafeXOneのシステム 画像提供:VisibleCrossing 

この視覚的アプローチは、従来の信号だけに頼るシステムとは異なり、歩行者の動きに応じてダイナミックに変化する。それにより、ドライバーの注意を引きつけやすくするだけでなく、横断動作そのものを安全に行わせる効果が期待されている。

「SafeXOneが設置された場所では、事故件数が事実上ゼロになったケースが出ています」。ナジ氏は言葉を選びながらも、実際の成果に確信を持って語った。これは VisibleCrossingの取り組みが単なる技術的好奇心ではなく、現実の社会的課題に対する実効的なソリューションであることを示す重要な指標だ。

SafeXOneは設置が容易で、道路舗装を壊す必要がない点も特徴である。四本のポールを設置するだけで、太陽光パネルやバッテリー電源による運用が可能で、曇天でも最大2週間連続の電源バックアップにも対応する。さらに、IoTを介したリモート監視機能により、稼働状況や横断データがリアルタイムで収集され、交通管理者や自治体は統計情報を可視化して活用できる。

交通データを取り込む 都市インフラの転換点

SafeXOneは単なる安全装置ではなく、データ収集と解析を通じて都市交通設計そのものを変える可能性を持つ。歩行者の横断回数、時間帯、環境条件による動きの違いはすべてデータとして蓄積され、都市の交通管理システムに新たな視座を提供する。

さらに同社が開発したSafeXRadは、レーダーを用いて自動車の流れや速度などを解析し、都市全体の交通パターンを数値化するツールである。これにより、従来の信号制御や人力による交通調査に比べてはるかに精度の高い安全設計が可能になる。

「私たちは、交通インフラを、“流れを整理するための装置”から“予測的・データ駆動型の設計要素”へと進化させたいと考えています」。ナジ氏はIoTとデータ解析の力を信じ、その可能性を広げようとしている。

国境を越える挑戦 国際展開の現実

VisibleCrossingのチームは総勢9名の小規模組織である。だが規模の小ささは、必ずしも国際展開の制約にはなっていない。同社は欧州の中小企業支援ネットワークEnterprise Europe Network(EEN)を通じ、欧州各国のパートナーと連携。ドイツの企業とのディストリビューション契約を締結したほか、スロバキア、ルーマニア、セルビア、アルバニアといった近隣国、さらには海を越えブラジルの都市部でもSafeXOneの導入が進みつつある。

「最初の海外導入が実現したときの感動は忘れられません」とナジ氏は目を細める。各国での採用は、単なる製品販売ではなく、地域ごとの交通安全の課題を共有しながら進めるプロセスでもある。現地の規制対応や環境条件を反映させることで、より多様な都市への適応力が高まってきた。

国際展開は同社にとって単なる事業拡大ではない。各都市で収集されるデータを通じて、異なる交通文化や行動傾向を比較することで、SafeXOneとその関連技術をより普遍的なソリューションへと進化させる材料となっている。

 欧州を中心に広がるVisibleCrossingのテクノロジー 画像提供:VisibleCrossing 

日本市場への眼差し

国際展開は同社にとって単なる事業拡大ではない。各都市で収集されるデータを通じて、異なるVisibleCrossingはシンプルかつ、横断歩道という都市部では世界共通の装置に対して、言葉や文化を超えたサポートを可能にする。日本を訪れたことがないというナジ氏だが、日本企業の生み出す製品の質の高さや勤勉なエンジニアがいることを評価している。

SafeXOneは踏切のない線路の歩行者の横断箇所でも使用が検証されている。近年問題視されるスマホ見歩きの歩行者による、信号に気づかないことで起こる事故。足元に照射されるレーザーは彼らへの注意喚起として絶大な効果を発揮する。ヘッドホン、イヤホンをつけた歩行者に対しても、音以外で信号以上の視覚効果を与えるプロダクトは、シンプルながらも実装、普及していない。

踏切だけでなく、電車にまつわる悲しい事故が絶えない日本社会において、VisibleCrossingが手がけるプロダクトが新たな活路を見出す可能性を秘めている。ナジ氏も、そうした日本社会の現状を知り、イノベーティブなソリューションを共に実現させるための協業者、出資者を求めている。

都市の安全を再定義する 歩行者中心の未来

 「交通事故ゼロ」SafeXOneが目指す街のビジョン 画像提供:VisibleCrossing 

VisibleCrossingのミッションはシンプルだが、実装と継続性に裏付けられた深いものである――それは、冒頭でも触れたが「歩行者の交通事故をゼロにする」 という目標だ。この目標は公式サイトにも明記されており、同社が単なるモノづくり企業ではなく、社会課題解決を志向するテックカンパニーであることの証となっている。

「歩行者もドライバーも、そして都市の設計者たちも、誰もが安心して暮らせる街をつくりたい」。ナジ氏はそう語る。都市交通は自動運転や車両通信技術(V2X)など次世代技術の実装が進む一方で、歩行者という最も脆弱な存在を守るためのインフラ再設計は、いまだ途上にある。

SafeXOneは、交通安全の従来の常識に問いを投げかける存在だ。単なるセンサーやライトの集積ではなく、リアルタイムのデータと都市の状況把握を統合するプラットフォームとして、歩行者を中心に据えた都市の未来像を提示している。

ナジ氏の挑戦は、いまも世界中の街で少しずつ形になりつつある。そしてその広がりは、単なる製品導入の数ではなく、都市全体の安全性を根底から問い直す大きな可能性を秘めている。

その機能がシンプルなおかげで、グローバルで共通した機能を持つ横断歩道。故に、交通事故が起こることは仕方ないことだ、とどこか開き直った世の中になっていないだろうか。今回の取材を通して、横断歩道、そして交通に関わるデバイスは、その当たり前を見直すことで世界中の悲劇を食い止めることができる可能性があることを実感した。