豆を使わない「本物の」一杯:コーヒーの常識を覆すシンガポール発「Prefer」の挑戦

多くの人々にとって、毎日のコーヒーは欠かせない習慣となっている。しかし、その習慣がいま、かつてない脅威にさらされてる。気候変動の影響により、2050年までにコーヒー栽培に適した土地の50%が失われる――いわゆる「コーヒーの2050年問題」だ。価格高騰や供給不足はもはや遠い未来の話ではなく、現実のものとなりつつある。 この世界的な食糧危機に対し、シンガポールを拠点とするフードテック・スタートアップ「Prefer」が、破壊的なソリューションを携えて登場した。それが、コーヒー豆を一切使わずにコーヒーの味を再現する「PreferRoast™(コーヒーエクステンダー)」である。 彼らの武器は「発酵技術」。砕米(米の選別過程で出る割れた米)などの原材料をアップサイクルし、コーヒー特有のアロマと風味を再現することに成功した。そのポテンシャルは凄まじく、従来のコーヒーと比較して最大50%のコスト削減と、8.8倍のCO2排出削減を同時に実現する。 サステナビリティと経済合理性を高次元で両立させるPreferは、すでに日本の食品業界のリーダーたちとの提携を開始。元テニスプレーヤー、神経科学者、そしてベンチャーキャピタリストという異色の経歴を持つジェイク・バーバーCEOは、日本を「最も重要な市場」と位置づけている。2025年に来日し、20社以上のトップ企業と対話を重ねた同氏の戦略と、Preferが描くロードマップに迫る。

Jake Berber氏 プロフィール

Prefer 共同創業者兼CEO

テキサス州出身。カリフォルニアの大学にスカウトされるほどのエリートテニスプレーヤーとして活躍。神経科学を専攻した後、イスラエルのバイオテック企業でのキャリアを経てベンチャーキャピタルへ転身し、フードテック投資に従事。投資機会を求めて移住したシンガポールで、到着後わずか2週間で共同創業者と出会い、Preferを設立。気候変動の脅威からコーヒーやココアの文化を守るため、持続可能な代替品の提供に情熱を注ぐ。

「Prefer」という名に込められた誇り

 社名の「Prefer」は、当初の核となる技術「Precise Fermentation(精密発酵)」に由来している。しかし、現在その名は技術用語を超えた深い意味を持っている。それは、環境やコストのために妥協して選ぶのではなく、消費者が「本当に美味しいから」という理由で選ぶ 「Positive Preference(前向きな選択)」 でありたいという野心の現れである。

運命的な出会い:ビジネスとサイエンスの融合

 Preferの物語は、ジェイクがシンガポールに降り立ってからわずか2週間後に始まった。スタートアップ・アクセラレーター「Entrepreneur First」を通じて、後に共同創業者兼CTOとなるタン・ディン・ジエ(Tan Ding Jie)氏と出会った。 営業とマーケティングを牽引するジェイクに対し、タン氏は発酵のスペシャリスト。現在は6名の科学者を含む11名の技術チームを率い、研究開発から生産のスケールアップまでを監督した。このビジネスの実行力と最先端科学の高度な融合こそが、Preferの急成長の原動力だ。

米やひよこ豆を「本物」に変える魔法

 Preferのコーヒーには豆が含まれている。代わりに、地元で調達可能な安定した原材料(米、ひよこ豆など)を活用している。

 ジェイクは、これまでの進歩を物語るユーモアたっぷりのフィードバックを明かした。「『これまで飲んだ中で最悪のコーヒーではないね』と言われるのが、実は最高の褒め言葉なんです。」これは、彼らが「代替品」として十分に実用的で高品質なレベルに到達した証と言える。

経済合理性とサステナビリティの追求

 企業がPreferを採用する最大の動機は、環境への配慮と同時に「利益率の向上」が明確に見込める点にある。

 現在、同社は年間500トンの粉末を生産可能な初の商業パイロット施設「プロジェクト・メガトン」の建設を進めており、2026年にはコンテナ単位での世界市場への出荷を開始する予定だ。

日本市場への期待:2025年の来日で確信した可能性

 ジェイクは、日本を「アジアで最もエキサイティングな市場」と断言した。世界第4位のコーヒー市場規模に加え、缶コーヒーやインスタントコーヒーといった、Preferの粉末・液体フォーマットと親和性の高い文化が根付いているからだ。

 2025年の来日中、彼はわずか4日間で20社もの大手企業と面談を行った。

「難しい理論ではありません。数ヶ月前から準備を整え、粘り強くアプローチし続けた結果です」

 この徹底した実行力が実を結び、世界的な食品大手である味の素株式会社とのパートナーシップを実現。研究開発、調達、マーケティングの各分野で深い連携が進んでおり、2026年には共同製品の上市も予定されている。

日本企業との「パートナーシップ・プレイブック」

 海外スタートアップの多くが、日本での実証実験(POC)から商用化に進めない「POCの罠」に陥ります。ジェイクは成功の鍵をこう分析する。

2026年、その先へ:プロジェクト・メガトンの始動

 「3年後には、さらに大規模な施設を運営し、米国や欧州市場へも拡大したい」とジェイクは語る。彼らのビジョンはコーヒーに留まらず、気候変動の影響を受けるココア(チョコレート)などのフレーバー全般に広がっている。

 ジェイク・バーバーの市場戦略と、タン・ディン・ジエの科学力がガッチリと噛み合い、シンガポールで産声を上げた「豆のないコーヒー」。それは、より安価で、美味しく、地球に優しい「究極の選択肢」として、日本の飲料業界を再定義しようとしている。

「これまで飲んだ中で最悪のコーヒーではない、という言葉が最高の褒め言葉」というジェイク氏の言葉は、彼らが「本物との差異」を冷静に見極め、着実にその差を埋めてきた自信の表れだと感じる。社名の由来が「精密発酵(Precise Fermentation)」から「前向きな選択(Positive Preference)」へと昇華したエピソードは象徴的だ。消費者は最終的に、環境に良いからではなく、美味しいから、あるいは手軽だからという理由で商品を手に取る。缶コーヒーやインスタントコーヒー文化が成熟した日本において、Preferの粉末・液体技術がどのように「日本の日常の風景」に溶け込んでいくのか。2026年の共同製品ローンチが、日本の飲料業界にとって大きな転換点になるかもしれない。