リアル マッド・ユニコーン:タイ初ユニコーンCEOが語る日本への警鐘

2025年5月にNetflix Japanで公開されたドラマ『マッド・ユニコーン(Mad Unicorn)』は、地方の山村から物流帝国を築いた一人の実業家の物語として、瞬く間に話題をさらった。その主人公のモデルとなったのは、タイ初のユニコーン企業『Flash Express』を率いるコムサン・リーCEO。彼が築いたのは、単なる配送ビジネスではなく、年間7億個の荷物を動かす国家規模のインフラである。だが、彼が語るのは成功の回想ではない。スタートアップ黄金期の終焉と、AIと飽和市場の中で再び成長を描くための次の方程式だ。物流を越えて、フードテックやB2Bインフラへと拡張する構想の先に、彼は日本との協働の可能性を見ている。

Flash Expressとコムサン・リーCEO

チェンライの山岳地帯の村から、バンコクの取締役会議室へ。コムサン・リーCEOの歩みは、変革への野心と画期的な成功に満ちた物語だ。Flash Expressの共同創業者兼CEOとして、彼は2018年に時価総額4億バーツ(約20億円)規模のスタートアップを2020年にタイ初のユニコーン企業へと成長させた。手頃な価格でテクノロジー主導の物流ソリューションを提供し、いまや年間7億個以上の荷物を取り扱っている。

2017年、急成長するタイのeコマース市場における物流の民主化を使命として設立されたFlash Expressは、既存の競合よりも大幅に低い価格で当日配送・翌日配送を実現。これにより急速に頭角を現し、タイ初のユニコーンという地位を確立した。

レジリエンス(しなやかな強さ)、地域への深い洞察、そしてeコマース支援への揺るぎない情熱に支えられたリー氏の物語は、Flash Expressをタイのイノベーション象徴へと押し上げ、数千もの企業の生命線となった。

彼の歩みは、2025年5月にNetflix Japanで公開されたビジネスドラマ『マッド・ユニコーン(Mad Unicorn)』に登場する主人公『サンティ(Santi)』のモデルとなった。地方の小村から起業し、物流の常識を覆してユニコーン企業を築くその物語は、リー氏自身の挑戦と重なり、アジア全域の視聴者に深い共感と感動を呼んだ。現在、Flash ExpressはロボティクスやAIを積極的に導入しながら事業を拡大しており、リー氏は依然として実践的かつビジョナリーなリーダーとして陣頭に立っている。

本記事では、この物流帝国を築き上げたリー氏本人に直接インタビューし、Flash Expressの次なる章を形づくる挑戦、成功、そして大胆な構想をまとめた。あわせて、タイと日本の協力に対する彼のビジョンにも迫る。なお、以前の記事「タイのスタートアップと日本の投資:協力による成長の解放」で触れたように、真の成長機会は単なる資本注入ではなく、両国の成長を共に加速させる戦略的パートナーシップと知見の共有にこそある。

⻩⾦時代のスタートアップ

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リー氏は、自身がビジネスに参入したのは最適なタイミングだったと、これまでの成功を振り返る。

「私がこの業界に入ったのは約8年前。当時はまさにモバイル技術が本格的に普及し始めた時期で、あらゆる投資ファンドやCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)が、新しい技術やビジネスモデルに注目していました。Flash Expressは、まさに最適な瞬間に参入しました。すべてが驚くほどスムーズに進みました。業界は変革を受け入れる準備ができていて、新しいものを導入し、新たな能力を加えることに前向きだったのです。本当に多くのチャンスがありました。」

数字がその時代の勢いを物語っていた。毎週のように新しいスタートアップが誕生し、ベンチャーキャピタルが活発に流れ、伝統産業がこぞってデジタル化へと動き出していた。しかし、リー氏が強調するのは、より根本的な変化だ。

「当時、テクノロジーは主に企業の内部で使われていました。消費者向けでもB2Bでもなかったのです。ところが、突然これらの分野に次々とスタートアップが現れ、急速に拡大していきました。」

その“黄金時代”には、産業構造そのものが一気に塗り替えられた。物流は従来のトラック配送から洗練されたeコマース・フルフィルメントへと進化し、フィンテックは店舗訪問を前提とする仕組みからQRコード決済や完全デジタル融資へと一気にシフトした。変化は広範で、速く、そして業界全体を巻き込むものだった。

今日の生存者が直面する2つの課題

8年の歳月を経て、スタートアップの景色は一変。リー氏は、今も生き残った企業が直面している二つの大きな課題を語った。

課題1:市場の飽和

テクノロジーの成熟とともに、資金の流れも変わりつつある。かつて起業家を後押しした投資マネーはいま、慎重な見極めへと転じている。

「私たちが長年取り組んできた市場は、すでに限界に達しています。当時、多くの起業家が目をつけたのは、テクノロジーで大きく変革できる巨大産業でした。しかし今では、その産業の主要プレーヤーたちは自ら高度なテクノロジーを開発しています。その結果、スタートアップが新たに参入して業界を変える余地は、もはやそれほど大きくありません。多くのスタートアップが資金を得られなくなっているのです。もはや、以前のような“劇的な変革”が起きにくいのです。」

課題2:AIの台頭

AIの登場は、新たなチャンスであると同時に、競争環境をいっそう複雑にしている。

「現在、多くの人々がAIを取り入れ、新たな産業領域に挑戦しています。タイの起業家たちは、数年前にテクノロジーで見いだしたチャンスを、いま再びAIを通じて探し求めているのです。誰もがAIで産業をもう一度変革したいと考えています。」

では、数年前といまでは何が違うのか。

「以前は、大手企業がテクノロジーへの準備を十分に整えていなかったため、スタートアップの新しい技術がそのニーズを満たし、成長を後押ししていました。しかし現在の大手企業は、AIやテクノロジー分野で高い能力をすでに備えています。その結果、競争の焦点は“産業全体の変革”から、“特定ニーズへの小規模な最適化”へとシフトしています。」

つまり、かつては"業界全体を変えること"がテーマだったが、いまは"ニッチ領域での最適解を追求すること"が成功の鍵になっているのだ。

終焉を迎えたビジネスモデル

この数年で多くの進歩があった一方で、リー氏はいまだに旧来の戦略に固執するタイのスタートアップたちに警鐘を鳴らす。

「今日のスタートアップに伝えたいことが一つあります。かつては、“できるだけ速く成長し、市場シェアを最速で獲得すること”が最優先とされていました。拠点を増やし、取扱量を拡大することで規模の経済を達成し、最終的に利益を得る。それが典型的なビジネスモデルでした。」

しかし、いまやそのモデルは時代に合わなくなっている。

「あのやり方を続けるには、絶え間ない資本の流入が必要でした。けれども現在、テクノロジーに投資するファンドは“より深い構造変革”と“短期間での成果”を求めています。新しい資金調達環境のもとでは、“規模を拡大してから利益を得る”という旧来の発想は通用しません。“お金で市場を買う”時代は終わったのです。」

リー氏は、次の時代に必要な視点をこうまとめる。

「これからは製品そのもので消費者の心をつかむ時代です。そして、すぐに組織を支えられる収益を確保することが重要です。スタートアップが資金を得られないのは、資金調達そのものを“期待しすぎている”から。これからは“投資家を探す”より、“消費者を勝ち取る”ことを期待すべきです。かつては資本で“時間を買う”ことができましたが、いまは自らの力で“消費者を買う”時代なのです。」

政府がようやく理解した方法

リー氏が最も印象的な変化として挙げるのは、政府による支援体制の進化だ。それは、彼自身も予想していなかったほどの大きな変革だった。

「まず政府を称賛しなければなりません。8年前にこの業界に参入した当時、政府関係者に“スタートアップ”という言葉を伝えても、誰も意味を理解していませんでした。聞いたことすらなかったのです。さらに、関連する法律もまったく存在しませんでした。」

そして彼は、政府の変化を支えた3つの重要な要素に整理して説明する。

1. 知識とチームの整備

「いまでは、スタートアップが政府の研究レポートに直接アクセスできるよう設立された政府機関が数多くあります。たとえば、タイの研究データや分析レポート——かつては非公開で大学ごとに分散していましたが、いまは各大学の教授らが作成したレポートをスタートアップが閲覧できる中央リソースが整備されています。それも無料です。また、現在は、スタートアップに対して実務的なトレーニングを提供する政府機関が多数あります。テクノロジー知識を備えたチームの数も、過去と比べて大幅に増えました。」

2. 資金提供の仕組み

「現在、政府機関は新たに設立されたスタートアップに1社あたり10万バーツ(約48万円)の資金を提供しています。過去には、まったく資金を得られず常に調達に奔走していたことを考えれば、これは非常に大きな進歩です。この10万バーツを実験資金として使えるのは、心理的・経済的な負担がないという意味で画期的なのです。すでに顧客を持ち、事業を展開している企業であれば、最大100万バーツ(約480万円)の資金支援を受けられます。これも助成金なので返済不要です。」

3. 法制度と税制の整備

「当初、政府機関はESOP(Employee Stock Ownership Plan)という言葉や、VSOP(Virtual Stock Option Plan)と呼ばれる共同創業者や従業員に利益を分配する仕組みも理解していませんでした。以前は、二重課税を支払わなければならず、制度として正しく導入できませんでした。しかし今は、法改正によりスタートアップがESOPを実施しやすくなっています。」

税制優遇も着実に整備が進んでいる。

「他国と比べて、まだ最良の制度と言えるかどうかはわかりません。それでも、8年前と比べれば格段に良くなっています。この制度的インフラの整備こそ、スタートアップ成長の大きな後押しになっています。」

Flashの今:コモディティから職人技へ

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Flash Expressの中核事業である配送について、リー氏は次のように指摘する。

「高速かつ低コストの配送は、もはや差別化の要因ではありません。いまでは誰でもできることです。」

では、次の成長機会はどこにあるのか。それは拡大するeコマース市場に対応する専門物流サービスの領域にあるという。

「標準的な配送から一歩進み、家具のオンライン販売にあわせて設置サービスを提供したり、生鮮食品の需要拡大に対応してコールドチェーン(低温物流)を整備したり、配送品に保険サービスを付けるなど、より付加価値の高いサービスへと進化する必要があります。」

なかでも、リー氏が特に情熱を注ぐのがB2B物流の変革だ。タイは“地域で最も優れた物流インフラを持ち、最低コストで最速の配送を実現している”と言われる一方で、多くのブランドはいまだに独自の非効率な社内物流を運営している。そこでFlash Expressは、複数ブランドが倉庫や配送網を共有できる"共有型B2Bインフラ"に可能性を見出している。

「1つの倉庫で40〜50ブランドにサービスを提供できます。固定契約ではなく月単位で柔軟に倉庫スペースを利用できるのも特徴です。さらに、“B2B物流のバスステーションのような統合配送モデル”を構築することで、1台のトラックで最大10ブランドの出荷をまとめ、コストを大幅に削減できます。補充頻度を週2回から毎日配送へと高めることも可能になります。」

この仕組みにより、店舗面積の縮小・配送コストの低減・在庫の最適化が実現する。Flash Expressはすでに、タイ郵政公社とのパートナーシップを通じて、コールドチェーン配送や家具設置サービスのパイロット展開を開始しており、次世代物流モデルの実証を進めている。

地域展開:苦労して得た教訓

Flash Expressの海外展開は、タイ発スタートアップが直面する現実的な課題を示している。多くの企業が海外進出を試みる一方で、持続的に事業を拡大できるケースは限られている。Flash Expressは現在、東南アジアおよび中国の約6カ国で事業を展開しており、進出先はミャンマー、マレーシア、フィリピン、ベトナム、インドネシア、中国に及ぶ。これらの国々では自社ブランドによる展開を基本としつつ、各市場では現地パートナーと連携して運営を行っている。

リー氏は、タイが持つ特異な立場を指摘する。

「タイは非常に恵まれています。どこへ行っても温かく迎えられる。過去に業界の先人たちが各国で築いた良好な関係があり、そのおかげで多くの国がタイ人に好意的なのです。」

とはいえ、文化的・地理的な違いの壁は依然として大きい。

「私たちは“ASEAN地域”と言いますが、文化・言語・法律はまったく異なります。各国の発展段階も違うため、当然ニーズも異なります。たとえばベトナムでは“配送スピード”よりも“価格の透明性”が重要視されます。フィリピンも同様で、現在も商品の90%以上が代金引換(COD)です。一方、タイではその割合は20%未満まで減少しています。また、タイでは、最も遠い地域への配送でも約2.5日で確実に届く一方、フィリピンでは、隣の島でも1週間以上届かないこともあるのです。」

苦い経験からの学び

Flash Expressは、海外展開のプロセスで貴重な教訓を得た。

「私たちはその難しさを身をもって学びました。当初は、現地で採用したスタッフがその国の文化を理解し、事業をスムーズに進めてくれると期待していました。しかし、実際にはFlashの“DNA”は変わらず、現地のチームは私たちのスピードに追いつけなかったのです。」

リー氏は、当時の状況を次のようなたとえで表現する。

「人が変わっても、使っている“機械”が古いままでは摩擦が生じる。まさにそれが当時の私たちの状況でした。」

学びを活かした新戦略

Flashはアプローチを根本から見直し、戦略は成果を上げている。

「今は、最初に新市場へ行くのはタイ本社の経験豊富なメンバーです。彼らが1年〜1年半ほど現地に滞在し、基盤を築いてから徐々にローカル人材へ引き継ぐようにしました。これは単なる一例ですが、購買、人事、テクノロジーなど、私たちが積み上げてきた仕組みはすぐには現地仕様に変えられません。まずはタイのチームが現地に入り、一定期間一緒に働きながら少しずつ“Flash流”とローカルの文化を融合させていく必要があります。準備が整っていない段階で現地化を急ぐと、"機械"は壊れます。最初からすべて地元任せにするのではなく、段階的にローカル化していくことが重要なのです。海外展開から約5年が経ち、私たちは大きく適応できるようになりました。現地のチームもFlashの文化を理解し、よりスムーズに働けるようになっています。」

進化は続く

対話の終盤、話題は自然とFlash Express自身の今後の優先事項に移った。リー氏は同社が "拡大"から"深化"へと進化する新たな成熟段階に入っていることを示していた。

「まず、これ以上の国には拡大しません。今、私たちが取り組むべきは内側の強化です。すでに8か国で事業を展開しています。今はそれで十分です。」

次に焦点を当てるのは、B2B物流の強化と深耕だ。

「私たちはこの分野をさらに拡大したいと考えています。倉庫を増やし、サプライチェーンを整備し、より多くのブランドにサービスを提供したいです。以前はB2CやECプラットフォーム向けの物流を中心に展開していましたが、現在はオフラインの小売店や実店舗B2Cにも対応しています。これこそが、私たちがこれから構築していきたいサプライチェーンの形です。」

そして再び浮かび上がるのが、フードテック(食品テクノロジー)というテーマだ。

「もう一つ注力しているのは、取り扱う商品の“状態”の多様化です。たとえば、先ほど話したコールドチェーン(低温物流)。私たちはタイ郵政公社と提携し、冷蔵食品の配送を始めましたが、まだ冷凍食品には対応していません。もし日本企業がこの分野に参入すれば、私たちはぜひ一緒に学びたいと考えています。」

リー氏は続けて、付加価値サービスにも触れる。

「たとえば、家具の設置サービスなどです。これもすでに始めており、『Flash Care』というブランド名で展開しています。」

潜在的産業:誰も埋めていない「フードテック」の空白

テクノロジーによって多くの産業が変革を遂げた一方で、リー氏は、まだ十分に変わっていない分野があるという。それが、フードテック(食品技術)だ。彼が言うフードテックとは、一般的なフードデリバリーアプリのことではない。農産物の加工や食品の高度な製造プロセスですのことだ。タイはもともと世界有数の原材料供給国だが、先進国ではすでに加工技術が成熟しており、タイはいまだその水準に追いついていない。リー氏は語気を強めながら続ける。

「本来、タイは原材料の輸出国にとどまるべきではありません。価格を引き上げ、世界市場で競争できる高付加価値の加工製品を持つべきです。」

その例として彼は、主要農産物のひとつであるトウモロコシを挙げる。かつて家畜の飼料にしか使われなかったが、いまやタンパク質を多く抽出できる新しい加工技術が登場している。それにもかかわらず、こうした技術はタイ国内ではまだ十分に普及していない。

「タイの農産業には巨大な技術ギャップがあります。それを埋めることが、次のイノベーションの種になるはずです。」

リー氏はそう強調し、スタートアップやテクノロジー企業がこの分野に積極的に参入すべきだと呼びかける。

なぜ日本企業は機会を逃しているのか

フードテックの話題は、やがてリー氏との対話の中で最も熱を帯びたテーマのひとつへと発展した。その中心にあったのは、なぜ日本企業はタイで十分な存在感を示せていないのかという問いだった。この問いに対して、リー氏はまず両国の関係の深さから話を始めた。

「タイと日本の関係は非常に深いものです。私たちは長い歴史を共有しています。そして、今日タイが製造拠点を持ち、自動車産業を発展させてこられたのは、日本のおかげだと認めなければなりません。」

リー氏は、日本の技術と産業構造に深い敬意を示す。

「日本は世界のサプライチェーンモデルの原型です。多くの国が日本の仕組みから学んできました。"ジャストインタイム生産システム"のように、今も世界中で研究され続けている概念は、すべて日本から生まれたものです。」

しかし、話のトーンは次第に厳しさを帯びていく。

「ただし、日本の産業構造はあまりにも古くなりすぎています。もし日本が今、再びタイで影響力を拡大したいと考えるなら、私は3つの分野で思い切った変革が必要だと考えています。」

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機会#1:B2B物流

「第一はB2B物流です。」

自動車産業のための物流とサプライチェーンを手がけてきた経験から、リー氏は迷いなく切り出した。

「今こそ、日本はタイのコールドチェーンに投資すべきです。日本ほどコールドチェーンをうまく運営できる国はありません。もし日本がタイで本格的に事業を展開すれば、間違いなく成功するはずです。」

彼が注目すべきもうひとつのの分野はサプライチェーン・インフラストラクチャーだ。

「私が言及しているB2Bサプライチェーンとは、倉庫や補充システムといったブランドを支える基盤インフラのことです。日本は倉庫管理や店舗補充のプロセスにおいて、世界最高水準の仕組みを持っています。私は日本に何度も行っていますし、日本で会社を設立したこともあります。日本が製品やサービスをつくる際にいかに精密で、細部まで徹底しているかをよく知っています。もし日本企業がこの産業でタイに進出すれば、必ず成果を上げられると確信しています。」

機会#2:食品技術と消費者製品

リー氏が第二に挙げたのは、食品技術と消費者製品だ。

「日本の食品生産技術は、他のどの国よりもタイ人の嗜好に近いことがわかります。すでにその“つながり”は目に見える形で存在しています。タイ中にある日本料理レストランを見ればわかるように、日本の食文化はすでに深く根づいているのです。」

しかし、リー氏にとってそれは“前菜”にすぎない。真の機会は、こうした文化的親和性を巨大な消費市場へと変えることにある。

「レストランに限らず、これらのコンセプトを日常の消費財に転換できないでしょうか?コンビニで販売される寿司、モールに並ぶ上品な日本のケーキショップ、そして日本発の魅力的な飲料ブランド──これらはどれも、広く輸入されれば確実に成功するはずです。こうした分野こそ、日本の強みです。」

リー氏のビジョンは、消費の拡大にとどまらない。それは、加工農業や研究開発を通じた技術協働へとつながっていく。

「日本は、タイの加工農業を次の段階へ進化させるために、研究開発ラボの設立を主導すべきです。日本の技術で、タイの豊富な農産物や水産物を高度に加工し、世界に輸出できるようにすれば、タイは日本の食品生産拠点になれると考えます。タイにはすでに資源があり、日本が技術を持ち込んでアップグレードすれば、日本の消費財が市場に広がる自然な道が開かれるのではないでしょうか。」

そして彼は、中国との対比を引きながら、現状の課題を語る。

「いま、中国製品はあらゆる形でタイに進出しています。アイスクリーム、飲料、さまざまなブランドが市場を席巻しています。しかし、日本製品はまだ圧倒的に少ないのです。タイ人は日本への旅行者が非常に多く、日本文化に好感を持っています。つまり、“需要”はすでにある。足りないのは供給だけなのです。」

機会#3:サービスモデル

リー氏が最後に挙げたのは、最も意外で、最も興味深い分野だ。それは、サービスモデルである。日本で成功している高収益なサービス業モデルの多くが、タイではまだ試されておらず、今、それを試す余地が十分にあるという。

「日本はサービスやビジネスモデルそのものが非常に優れています。だからこそ、タイではより多様なサービスの導入が進むべきです。たとえそれが、“タイ人はまだそこにお金を払わないだろう”と思われるようなサービスでも構いません。それでも十分に魅力的で、必ず成長できるはずです。コンサルティングでも構いません。日本と一緒に、タイで実験的に新しいビジネスモデルを研究することができるでしょう。」

最後に、リー氏は日本のVC(ベンチャーキャピタル)とスタートアップへのメッセージで締めくくった。

「日本のVCでタイに投資しているところは、まだほんのわずかです。しかし、私が挙げたこれらの分野では、スタートアップとVCの双方にチャンスがあります。日本の専門知識をタイの企業と結びつけ、この分野で実際に変化を起こす投資が必要なのです。」

窓は開いているが、永遠ではない

会話の終盤、リー氏のメッセージは明確だった。タイのスタートアップエコシステムは成熟の段階に入りつつあり、機会の性質は根本的に変わってきている。彼の語り口には、好機が見過ごされていることへの焦りと情熱がにじむ。

「タイは長い間、日本文化を受け入れてきました。タイの人々は本当に日本人を愛しています。だからこそ、日本にとってタイは、世界のどの国よりも有利な市場なのです。私は、日本の産業がもっと前へ動くところを見たい。日本料理レストランや自動車産業だけではありません。まだ大きな可能性を持つ日本の産業を、ぜひタイへ持ち込んでほしいのです。タイの人々は、価値あるものには支払う準備ができています。」

もはや、ベンチャーキャピタルで市場シェアを買う時代ではない。これから必要とされるのは、専門性と文化的洞察に裏打ちされた精緻な挑戦である。それは、拡大よりも”深さ”への投資を意味する。タイの消費者はすでに日本製品と文化を愛している。しかし、中国の企業が市場に次々と進出する一方で、日本企業の姿は驚くほど少ない。コールドチェーン物流、食品技術、サービスモデル、そのいずれにも確かな機会が存在する。だが、リー氏が強調するように、この窓は永遠に開いているわけではない。

このインタビューを通じて最も印象的だったのは、リー氏が繰り返し強調していた点です。今日のスタートアップは、迅速に動き、消費者の心をつかみ、そして短期間で収益を上げなければなりません。 しかし、それだけでは成功は持続しません。Flash Expressの成長の軌跡が示しているように、真の成功には広い視野と柔軟な行動力が欠かせません。 新しいビジネスや市場に素早く参入し、常に「まだ満たされていないニーズ」を埋め続ける姿勢が必要です。 コールドチェーン物流から家具設置サービス、さらにはB2B物流への拡大まで、リー氏は立ち止まることなく、常に次の挑戦へと進んでいます。 そして、日本企業がタイ市場で競争力を維持したいのであれば、同じようにスピードと広い視野をもって行動することが求められます。 すでに中国企業が市場を席巻するなか、文化的な親和性を持つ日本にとって、今こそが動くべき時です。 リー氏の卓越したビジョンと実行力に深く敬意を表し、Flash Expressが次にどのような進化を遂げるのか、心から楽しみにしています。