2025年9月、パリの Paris Expo Porte de Versailles を会場に開催された IFTM Top Résa 2025 は、観光産業が構想段階を超えて実装段階へ移行した事実を示した場である。会期は9月23〜25日の3日間、旅行代理店や国内外のバイヤー、流通・生産業者、メディア、公的関係者など 32,022人 が集結し、1,650 のブランドと 177 のデスティネーションが出展、開催は第 47 回を数えた。現場では、業務分散と非効率を断つ AI 統合の Cocohop、CO₂ を可視化する Act4Travel により説明責任を担保する Green Tripper、リゾート運営を IoT で最適化する Tiahi、未活用のホテル資産を新収益へ転換する Sezame が具体解を提示し、商談は 16,725件 に達した。これらのスケールと実装事例は、観光×テクノロジーの潮目が確かに変わったことを物語る。次に問われるのは、「どこから着手するか」である。
IFTM Top Résaは、B2Bに特化したビジネスマッチングの場としての役割も強調されており、16,725件の商談が成立。前年(2024年)比で+27.7%の増加。また、旅行代理店やグループ旅行専門業者が+10%、法人・MICE(国際会議・報奨旅行等)・レジャー分野のバイヤーが+39%増加し、過去最多の商談件数を記録した。 2025年のIFTM Top Résaのテーマ「行動する力。望まれる橋を築こう(Forces en actions. Construisons des passerelles désirables)」のもと、個人・集団の連携による実践的な取り組みを作る動きが奨励された。
観光業界にもAIを用いた自動化、簡略化の波が到来している。旅の工程にかかる手間をいかに省くかに焦点を当てたツール開発がトレンド。中でも、旅行者が旅行の始めから終わりまで一括で予約できる仕組みを構築するスタートアップ企業が多く出展していた。どのプラットフォーム、サービスに乗っかるか、パイの奪い合いにどの企業が勝利するのか、という印象を受けた。
観光業界向けのSaaS型テクノロジープラットフォームを提供するOrchestra(Orchestra / Travelsoft傘下)は、旅行・観光のデジタル化や持続可能性の向上を目指し、業界関係者や投資家との連携を強化し続けている。会場内にはOrchestraによる「Start-up Village」が設置され、スタートアップと業界関係者が交流する場として活用されていた。
Orchestraによる交流スポット「Start-up Village」の様子 ©IFTM
そのOrchestraとIFTMが共催する 「Orchestra Start-up Contest」 の第2回目が開催された。このコンテストは、観光業界の革新を促進するスタートアップを支援することを目的としており、今年も注目のイベントとなった。ファイナリスト6社が観光業界のデジタル化や持続可能性に焦点を当てた革新的なソリューションを提案した。以下、注目のスタートアップをピックアップする。
観客賞を受賞した「Cocohop(ココホップ)」は、旅行業界のデジタルトランスフォーメーションを推進するフランス発のスタートアップ。AIを活用し、旅行企画から販売・管理までを一元化することで、旅行業務の生産性と創造性を両立させる。
テクノロジーで“旅をつくる人々”を自由にすること」 というミッションを掲げる同社のCEOであるモリーナ・ポーラン氏は、旅行業界が抱える構造的課題に対してAIによる包括的な解決策を提示し、業界関係者の注目を集めている。ポーラン氏によると、旅行業界には以下の3つの根本的な課題が存在するという。
1、ツールの分散による技術的な複雑さ(平均で5〜7種類のシステムを併用) 2、手作業が多いことによる非効率性(Wordやコピー&ペースト作業の常態化) 3、新世代(Z世代・ミレニアル層)へのアプローチの難しさ
同社のプロダクトは、旅行業務のすべての段階を1つのインターフェースに統合。AIチャットボットによるインスピレーションの提案、旅程作成、見積書・旅程表の自動生成、顧客向けモバイルアプリまでをワンストップで支援する。特筆すべきは、5,000万件を超える旅行データベースを活用したパーソナライズ機能と、旅行代理店やDMC(現地手配会社)間のリアルタイム共同編集機能だ。 これにより、旅行のプロフェッショナルは従来の手作業が中心だった業務から脱却し、創造的な提案や顧客対応に集中できるようになる。2025年6月の正式ローンチ以降、「Cocohop」はユーザーの声をもとに進化を続けており、今後は「自動通知・リマインダー機能」「ダッシュボード分析ツール(案件・利益率・売上の可視化)」「オンライン予約システム統合(旅行業界標準プロトコル対応)」といった新機能を順次リリース予定。
コンテストで登壇するCocohopのCEOモリーナ・ポーラン氏 ©IFTM
旅行業界向けの新しいカーボンマネージメントツールとAI分析サービスを発表したGreen Tripper(グリーン・トリッパー)は、「旅行者と旅行業界の双方に、環境負荷を意識させることを目的に設立された、ベルギー・ブリュッセル発のスタートアップ。旅行によるCO₂排出を定量化し、持続可能な旅行のあり方を提案。AI×サステナブルツーリズムの領域で先行する企業として, 「見える化」「削減」「貢献」「透明性」の4本柱で、旅行業界の脱炭素化を牽引している。同社のクライアントは主にツアーオペレーターや旅行代理店。
企業への「コンサルティング支援」としては、旅行商品のカーボンフットプリント(炭素排出量)計算、排出削減計画の策定はもちろん、交通、宿泊、現地活動、食事、廃棄物など旅全体の排出量を分析し、削減施策を提案する。具体的には、「飛行機利用を減らす」「直行便を選ぶ」といった内容に始まり、広範な移動を避け、少ない箇所での旅行期間を延ばす「地域滞在型の旅」の推薦。短期旅行(5日未満)は列車やライドシェアを推奨し、飛行機は提案しない方針設計など、現実的な計画から提示していく。
今、Green Tripperが企業を支援する際、最も力を入れているのが、「カーボンマネージメントに関する情報発信で、いかに透明化をアピールできるか」 という点だ。その解決策を担うツールとして新たに開発したのが 「Act4Travel」 というシステム。企業が「Act4Travel」に自社の旅行商品(PDF形式)をアップロードすると、AIがカーボン分析を自動可視化。グラフィックで可視化されたカーボン分析を得ることができる。結果はグラフで表示され、顧客に対して透明性を持って説明することが可能になる。
この「Act4Travel」は、Green Tripperが独自開発したAIモジュールによって支えられている。 旅行商品の情報から自動で排出量を算出し、視覚的に理解できる形で提示していくという。 IFTM Top Résaでは、この新ツールを既存顧客・新規パートナー双方に発表した。Green Tripperディレクターのアン・ロバーツ氏は、「これまでにない革新的な仕組みを発表できて嬉しい。反応も非常に良好」とコメントしている。
最もユニークなアプローチを行なっていたのが、フランス発のスタートアップ 「Tiahi(ティアヒ)」。リゾート施設やクルーズ船で恒常的に発生している「デッキチェア争奪戦」問題を解決するスマートデバイスを発表した。
Tiahiが開発したのは、30秒で設置できる小型IoTデバイス。デッキチェアに取り付けると、宿泊客は自身のRFID(人やモノを識別する無線通信技術)リストバンドをスキャンするだけで利用登録ができる。ホテル側が設定した利用時間を過ぎると、システムが自動的に「空席」状態に戻す仕組みで、一定時間以上の不在を検知した場合は他の利用者が使えるようになる。これにより、長時間の無断占有を防止し、施設全体の利用効率を最適化できる。
リゾート施設では宿泊客の数に対してデッキチェアの数が不足しており、朝早くからタオルで場所を確保する行為が常態化している。結果として「使われていないのに占有されている」デッキチェアが増え、他の利用者が利用できないという不公平な状況が発生していた。 この現象はホテルやリゾート地、さらにはクルーズ船でも共通の課題であり、観光業界では長年の悩みの種となっていた。
Tiahiのソリューションは単なる混雑解消に留まらない。ホテル側はシステムを全席導入して公平な利用環境を整えることも、あるいは一部のデッキチェアを有料予約席として収益化することも可能になるという。専用アプリ上で宿泊客はチェックイン時に希望する場所を選んで事前予約が可能。リストバンドが認証されると、そのデッキチェアは滞在期間中専用席として確保される。スタッフはアプリで即座に予約・決済状況を確認でき、現場運営もシンプルに。導入後の投資回収期間は数日単位とされ、運用コストに対して高い収益性を実現できるという。
このデバイスはすべてフランス国内で製造されており、2025年冬には数千台の量産を予定。2026年春からはリゾートホテルおよびクルーズ船への本格導入が始まる見通しだ。
コンテストで見事優勝を飾ったのが、ラグジュアリーホテル向け体験プラットフォームを提供するスタートアップ 「Sezame(セザム、2022年設立)」。 Sezameは、ホテルのスパ、レストラン、プールなどの未活用施設を、新たな顧客層に開放するサービスを展開。地元住民や宿泊予定のない観光客に対してもラグジュアリー体験を提供することで、ホテル側に追加収益の機会を生み出している。
現在、Sezameは約250の4~5つ星ホテルと提携しており、プラットフォーム上で500以上の体験を提供。ユーザーは希望する体験、日時を選択し、プラットフォーム内で決済まで完結。ホテル側は独自の管理ツールを用いて、空き状況や料金を容易に設定することができる。
Sezameの特徴は、単なる体験予約サービスではなく、ホテルと連携して体験をパッケージ化する点にある。例えばスパ+マッサージ+ブランチといった包括的な体験を提供することで、顧客満足度を高めつつ、ホテルにとっても収益性の高い新規チャネルを創出している。 今年3月12日、130万ユーロの資金調達を発表したSezame。パリの「ル・ペニンシュラ」やインターコンチネンタルなど、多彩なホテルパートナーを抱えるSezameは、ウェルネス体験に加え、ワイナリー訪問やテイスティング体験など、ユニークなプログラムも展開。これにより、ラグジュアリーホテルの新しい収益モデルとして注目を集めている。
第2回「Orchestra Start-up Contest」で優勝したSezame ©IFTM
以上、注目の旅行・観光業界のスタートアップを紹介した。なお、2023年よりフランス経済財務省は「デスティネーションフランス」計画の一環として、観光分野に関連するスタートアップを支援するプログラム 「France Tourisme Tech」 を開催。毎年およそ15社のスタートアップに対して、潜在的なバイヤーとのつながりを促進するためのトレーニング、コンサルティング、強化活動を行なっている。また、来年開催されるフランスのスタートアップの一大イベントVivaTech 2026にて、旅行業界とテクノロジー業界の垣根を超えた協業の場として好評を博した 「TravelTech Hub」の展示面積を倍増する計画も発表された。フランスを中心とした旅行・観光業界のスタートアップが益々の盛り上がりを見せる機運を感じる今年のIFTMであった。
脱炭素は理念ではなく、受注確度と単価に直結する“説明責任”の領域へ移行している。旅行商品のPDFを投げ込むだけでCO₂を自動可視化し、顧客に対して透明性をもって説明できる仕組みは、選定プロセスの新しい標準になるとみる。意思決定が「価格×在庫」から「運用効率×透明性×新収益」に拡張するいま、可視化の不備はチャンスロスである。