次世代の分散型ネットワークとして期待されるWeb3。長らく「未来の金融」や「分散型社会の理想」として語られてきたが、今、その潮流は大きく動きつつある。焦点はコンセプトではなく「どのように実装するか」へと移行し始めた。従来の金融システム(TradFi)とデジタル資産をいかに接続し、実社会で機能するインフラとして成立させるのか、その具体策が問われている。4月15〜16日にフランス・パリで開催されたParis Blockchain Week(PBW)は、こうした転換期を象徴する欧州最大級のデジタル金融フォーラムである。スタートアップ、金融機関、規制当局、投資家といった意思決定層が集まり、単なる技術トレンドではなく、金融のネクストスタンダートを巡る実践的な議論が交わされていた。本稿ではPBWで浮かび上がった「投機から実装」への動きと、その中で見えてきた次世代金融インフラに対する未来予測を、現地からリポートする。
今年で7回目の開催となるParis Blockchain Week(PBW)は「TradFiとデジタル資産の架け橋」というテーマを掲げて開催された。TradFi(Traditional Finance)とは、銀行・資産運用・証券といった従来型の金融システムを指し、対するデジタル資産の領域はWeb3・トークン経済・分散型金融を含む広義のエコシステムである。
PBWが興味深いのは、もはや「Web3の未来を語る場」ではなく「金融インフラをどう実装するかを決める場」へと明確に変化している点だ。参加者構造もそれを裏付けている。スタートアップ創業者、VC、金融機関、大企業のプロダクト責任者、そして規制当局の経営層などが集まった。かつては価格変動やトークン設計に議論が集中していたWeb3領域が、いまや現実の金融・AI・インフラと接続されるフェーズに入っている。
国際送金での利用に長けた仮想通貨を扱うアメリカのリップル社のブースでは、仮想通貨XRPのエコシステムを活用した体験型デモが展開されていた。来場者はビンゴ形式のゲームを通じて「Tier」と呼ばれる仮想通貨単位を獲得。専用のコインを使い架空のストアでの支払いに利用できる。まだまだその実態が大衆に浸透していない仮想通貨を“実際に使えるデジタル通貨”としてイメージしてもらう狙いだ。
今年のPBWの象徴的な論点の一つが「AIとの共存」である。1億人規模のユーザー数を持つシンガポールを拠点とする暗号資産取引所であるCrypto.comのCOO、エリック・アンツィアーニ氏が登壇。「これからの時代は“AIエージェントに選ばれる”サービスでなければならない」と、新たな時代の金融インフラに対する予測を示した。これは従来の“ユーザーに選ばれるUI/UX設計”という発想を大きく超える視点を提示している。
この発言は、すでに進行している同社の戦略と強く連動している。Crypto.comは2025年、消費者向けの自律型AIエージェントを提供するプロジェクト「ai.com」を立ち上げ、約7,000万ドル規模で同ドメインを取得したと報じられている。これは過去最高水準のドメイン取引の一つであり、AIエージェントを中核とした新たな消費者向けプラットフォームの構築を目的としている。
「ai.com」構想は、アンツィアーニ氏が講演で述べた未来像そのものを具体化する試みである。すなわち、将来のユーザー体験はアプリを個別に操作する形ではなく、単一のAIエージェントが投資、送金、情報取得、タスク実行などを横断的に処理する構造へと移行する。その結果、金融サービスを含むあらゆるデジタルサービスは、人間ではなくAIエージェントによって評価・選択されることになる。
この文脈において企業側に求められるのは、従来型のUI/UX改善ではなく、サービスをAIから直接利用できる形に設計することである。具体的にはAPIの開放、自然言語インターフェースへの対応、そしてAIエージェントが機能を実行するための「スキルレイヤー」の整備などが挙げられる。Crypto.comが進めるai.com構想も、まさにこの“AIネイティブ金融インフラ”への移行を前提とした設計思想に基づいている。
さらにアンツィアーニ氏は、この変化の本質を「顧客接点の再定義」にあると強調した。たとえインターフェースがAIに移行したとしても、最終的に誰がユーザーとの関係性を保持するのかが競争の核心となる。AIエージェントが意思決定の主体となる世界では、サービス提供者は“人間に選ばれる存在”ではなく、“AIに組み込まれる存在”へと変化する必要がある。
この変化は、規制や責任の問題とも密接に関係する。AIエージェントが金融取引や投資判断を実行する場合、その責任主体やライセンスの所在は明確に定義されておらず、既存の金融フレームワークを拡張する形での制度設計が求められる。
こうしたトレンド予測と呼応するのが、AIエージェント領域を中心にインフラサービスを提供するスタートアップの存在である。以下、会場で存在感を放っていた企業を紹介する。
Masumiは、AIエージェント同士が自律的に仕事を行い、その対価を支払う「AIエージェント経済」を支えるインフラを提供するプロジェクトだ。各エージェントに検証可能なIDを付与し、行動履歴や意思決定のプロセスをブロックチェーンネットワーク上に記録することで、信頼性と透明性を担保する。また、エージェント間でのマイクロ決済にも対応し、従来課題とされてきた「信頼」「責任」「支払い」を一体的に解決する設計が特徴だ。
従来のWeb3が「人間の資産管理」を前提としていたのに対し、Masumiは「AIが経済主体になる世界」を前提としている点が本質的に異なる。AI活用が進む中、その基盤レイヤーとしての役割に注目が集まっていた。
一方で、デジタル資産を「現実世界へ接続する」という意味で重要だったのが英国発のLibertumである。同社は不動産や実物の資産をトークン化するRWA(Real World Assets:現実世界の資産)に特化したプラットフォームを月額300ドル未満で提供できると紹介していた。
CEOのジャヴァド・アザム氏は、開発したインフラの活用により「従来の最大70%をコストカットでき、最短1時間で市場投入できる」と強調する。ラテンアメリカや欧州を中心に展開しつつ、既に複数企業で導入が進んでいるとし「大きな不動産市場を持つ、日本市場にも強い関心を示している。」と話していた。
Web3領域においてRWAは長らく“理想論”と見なされてきたが、欧州ではすでに規制・金融機関との接続を前提とした実装フェーズに入りつつある。Libertumはまさにその橋渡し役であり、金融商品としての信頼性とブロックチェーンの流動性を両立させる試みを進めている。
英国発のManako Labsは、既存のカメラ映像からAIエージェントが状況を理解し、判断・実行まで行うプラットフォームを開発するスタートアップである(日本語の「眼(まなこ)」が社名の由来)。 プラットフォームに必要事項を入力するとAIが「ビジョンエージェント」を構築し、既存のカメラに接続し、視覚情報に基づいてリアルタイムで自動的に行動する。
例えば複数の給油所を運営する石油会社であれば、車両と施設の接触破損を検知するシステムを構築してアラートを送り、保守システムに接続することが可能。異常検知や混雑状況の把握などを行うだけでなく、Slackやメール通知、スタッフ呼び出しなどのアクションまで自動化できる点が特徴だ。現在、チョコレート工場やリサイクル可能素材を判別する工場などで導入が始まっている。
このAIエージェントはブロックチェーン上でトレーニング基盤が設けられ、実際の使用を通じてスキルを作成、評価、改善している。既存のIPカメラをそのまま活用でき、追加ハード不要かつノーコードで設定可能なため、スポーツ、小売、ロボット工学分野など、さまざまな環境で展開できるとしている。
事業開発責任者のアルノー・デイファン氏は、「今はアプリで航空チケットを予約していますが、将来的にはエージェントに“航空チケットを予約して”と言うだけになるでしょう。アプリ中心の世界から、エージェント中心のOSへ移行することは避けられません。そしてテキスト依存のエージェントだけでなく、カメラとエージェントを組み合わせた我々のような“ビジョンエージェント”のシステムが、ビジネスの構造自体を変える可能性を秘めていると感じています。」と話していた。
スロベニア発のスタートアップDATANAは、DNAを活用した次世代データストレージ技術により、暗号資産の秘密鍵を保管する「Molecular Wallet」を提案していた。暗号資産領域では、ビットコインの約20%が紛失・盗難状態にあり、年間30億ユーロ以上が盗まれているとされ、その約90%は秘密鍵管理の不備に起因する。さらに量子コンピュータによる解読リスクの高まりも課題とされている。
同社はデジタルデータをDNA配列へ変換し保存する技術を開発。DNAは極めて高密度で、常温で数万年単位の保存が可能、電力不要かつオフライン環境で管理できるため、ハッキングへの耐性をアピール。これまでに500万ユーロの資金を調達し、パイロット導入と商用展開を進めつつ、顧客および投資家を募り、技術の拡張を目指している。
PBW2026の取材を通して実感したのは「Web3とは何か」という問いが、すでに過去のものになりつつあるという事実だった。議論の中心はトークンや投機的な価格形成ではなく、AI・ブロックチェーン・金融規制・実社会インフラをいかに接続し、持続的に機能させるかへと完全に移行している。
特に印象的だったのは、AIエージェントを前提としたサービス設計という発想の台頭である。ユーザーがアプリを操作する時代から、AIがサービスを横断的に選択・実行する時代へ。その変化は単なるUIの進化ではなく「誰が意思決定主体なのか」という構造そのものの転換を意味している。
同時に、RWAやAIエージェント経済といった領域では、すでに実装段階に入ったプレイヤーが現れ始めている。理論や構想のフェーズを超え、金融・産業・データがリアルタイムで結びつく“実装されたWeb3”が、欧州を中心に静かに立ち上がりつつある。 PBWが示したのは、未来のビジョンではなく、すでに始まっている構造変化の断片だ。
ブロックチェーンを取っ掛かりにPBW2026の取材を始めたが、ブロックチェーン自体は手段の1つであり、デジタル化されていく金融インフラを、誰がどのように舵を取って整えるかが、主要テーマに感じた。中央集権的だった伝統的な金融システムがブロックチェーンという分断化を進めるシステムによって解体されつつある昨今。再び別の形へと集結していく金融システムの行方から目が離せない。