世界の臨床試験は今、AIやデータ活用、そして国境を越えたオペレーションの進化によって、大きな転換期を迎えている。規制の複雑化や試験遅延といった課題は依然として残るものの、アジア、とりわけ日本と韓国は、新たな実行拠点として注目度を高めている。こうした変化の中心にいるのが、韓国のスタートアップMEDIAIPLUSのCEO、チョン・ジヒ氏だ。今回GESHER TIMESは、同氏の来日に合わせて独占インタビューを行い、急速に動き始めた臨床開発の新潮流と、アジアが担う次の役割について話を聞いた。本稿では、その対話から浮かび上がった“変革の核心”をひも解きながら、アジア発の臨床試験エコシステムがこれからどこへ向かうのか、その未来像を展望していく。
臨床試験は依然として世界の新薬開発を支える基盤である一方、試験遅延は現在でも1日あたり数百万ドル規模の損失を生み、主要市場では規制要件も引き続き強化されている。 しかし、AI、実臨床データ、デジタル試験基盤の進歩により、国境を越えて試験を設計し、モニタリングし、実行する全く新しいアプローチが開かれつつある。
このバイオテクノロジー、データインテリジェンス、国際臨床オペレーションの融合は、医療の未来を根本から再構築しつつあり、日本・韓国・アジア全域にとって見過ごせない領域として重要性が一段と高まっている。こうした急速な進化の中で、臨床試験データの利活用に特化した韓国発のヘルスケア/バイオテック系スタートアップであるMEDIAIPLUSのような企業は不可欠なパートナーとして存在感を強め、製薬・バイオ・医療機器企業がよりスマートかつ効率的に臨床試験を実施し、画期的な治療をこれまで以上に迅速に市場へ届けられるよう支援している。
バイオテクノロジー分野に特化した展示会・セミナー・商談(パートナリング)で構成される、日本発・アジア最大級のバイオ産業イベントBioJapan。そのイベントに参加するために来日したMEDIAIPLUS CEOのチョン・ジヒ氏は、日本への印象を次のように語った。
「日本の製薬環境では、厳格な規制、比較的低い薬価、そしてバイオテック分野における強い基礎研究力が特に印象的だった。」
BioJapan 2025は、国内向け展示会から世界的なヘルスケアプラットフォームへと進化していることを、より鮮明に示していた。
日本の規制環境は保守的だが、品質面では世界トップクラスである
精密性と安全性を重んじる文化が根付いている
BioJapanは、世界のバイオテック、メドテック、AIヘルステック主要企業が集まる国際的プラットフォームへと変貌しつつある
チョン氏のMEDIAIPLUS創業の原点は、起業家としての歩みよりもはるか以前に形作られていた。
幼少期、彼女は原因不明の重い病気に数カ月間苦しみ、家族は経済的・精神的な大きな負担を抱えた。この出来事は「医療情報へのアクセス格差」という深刻な課題を早くから意識させ、薬剤師としての道を選び、さらに臨床研究における情報の非対称性を解消するという使命につながっていった。
ロッシュ、ムンディファーマ、バイエルといったグローバルに事業を展開する製薬・ヘルスケアの大手企業でのキャリアを通じて、グローバル試験、データ生成、そして開発の遅れを招く構造的非効率への理解が深まった。家族から「より意味のある道へ進んでほしい。」という後押しもあり、彼女は臨床試験に透明性、スピード、そしてデータ主導の意思決定をもたらすべくMEDIAIPLUSを創業した。
MEDIAIPLUSの魅力は、同社の技術力だけでなく、取り組む課題の規模の大きさにある。世界中の製薬・バイオ企業が次世代療法の開発を加速させる一方で、臨床試験は依然として分断的で遅く、旧態依然としたプロセスに依存している。
MEDIAIPLUSが提供するMediCとFiCROといった臨床試験準備を効率化するためのデータプラットフォームは、この業界が抱える主要なボトルネックに直接切り込むものであり、世界的にも戦略的価値が高い。
MediCは、73万件以上のグローバル試験データを統合・クレンジングし、構造化された洞察として活用できる形に整備している。本来アクセスも解釈も困難だった国際データを可視化し、透明性の高いエビデンスベースのプロトコル設計と、成功確率を見据えた初期計画を可能にしている。
FiCROは、試験要件、治療領域、地理、実績、規制適合性を基に最適な医薬品開発業務受託機関(CRO:Contract Research Organization)を特定するAIプラットフォームであり、これまでネットワーク依存で時間と偏りが生じがちだったCRO選定を大幅に効率化する。
両者を組み合わせることで、プロトコル作成とCRO選定は約80%短縮される。ある医療機器企業では、通常3〜6か月を要した準備期間を、わずか3週間で完了している。
MEDIAIPLUSは単なるツール提供企業ではなく、グローバル臨床開発の構造変革を支える基盤を築いている。臨床試験が複雑化し、アジアが研究拠点として台頭する今、MediCとFiCROは業界を代表するプラットフォームへと成長する可能性が高い。
日本企業は世界トップクラスのR&D力を持つ一方、海外試験の展開には多くの課題が残されている。グローバルデータへのアクセス不足、規制の違い、準備期間の長期化などが大きなボトルネックとなっている。
現在、日本は海外バイオ企業の誘致に向けた規制緩和を進めており、承認プロセスの迅速化や国際共同治験の推進が図られている。この変化に伴い、日本企業が国内外の試験環境を理解し、適切に対応するためのツールが急速に求められている。
MEDIAIPLUSが提供するソリューションは、以下の点で日本企業に大きな価値をもたらしている。
日本企業のグローバル展開と海外企業の日本参入の双方を支援する点で、MEDIAIPLUSは戦略的価値が極めて高い。
韓国は7年連続で世界トップクラスの臨床試験都市として評価されている。ソウルの病院ネットワーク、迅速な承認プロセス、そして包括的な保険制度が、早期の患者リクルートと長期的で安定したモニタリングを可能にしている。
迅速な「First Patient In」
統合されたデジタル医療データ
高密度の病院ネットワーク
政府による強力な支援
PoC(概念実証)研究に適した環境
日本企業にとって、韓国は日本のより慎重な規制プロセスを踏まえた初期検証の場として、重要な戦略的補完拠点となる。
TIPSやK-Startup Grand Challengeといった韓国政府が主導するスタートアップ支援・アクセラレーションプログラムは、特にグローバル展開を志向する技術系スタートアップを対象とし、韓国のヘルステック産業の高度化を後押ししている。これらの支援により、初期段階の企業でも技術力の強化、資金調達、海外展開が進みやすくなり、産業全体がデバイス中心からデータ・AI中心へと急速に移行している。MEDIAIPLUSはBIO USA、BIO Europe、VivaTech Parisといった国際的なビジネス・パートナリングと情報収集を目的とした大規模イベントに継続的に出展しており、こうしたグローバル志向の新たな韓国スタートアップ群を代表する存在となっている。
チョン氏は、日本と韓国が臨床開発の未来において、互いの強みを補完し合う独自の関係にあると捉えている。
日本:研究品質、科学的深さ、製薬力
韓国:スピード、運用の俊敏性、デジタル化された試験環境
この日本の精密性と韓国の効率性の組み合わせは、グローバル企業が多国間試験を計画する際に高く評価されている。
MediCは、日本企業が韓国および世界の臨床試験インサイトを活用し、より国際水準に沿ったプロトコル設計を行えるよう設計されている。FiCROは、初期検討やフィージビリティを迅速に開始できる韓国CROを短時間で特定できるよう整備されている。韓国企業も同様に、MEDIAIPLUSを利用することで日本の期待値を理解し、適切なCROや研究機関につながりやすくなる。
チョン氏は、両国がグローバル臨床研究で存在感を高める中で、この日韓シナジーの重要性が今後さらに増すと見ている。MEDIAIPLUSはその橋渡し役として、臨床タイムラインの短縮、地域連携の強化、アジアにおけるヘルスケアイノベーションの加速を目指している。
チョン氏は、サイエンスや起業領域における女性が直面する課題にも言及した。保守的な産業では、技術への懐疑と性別バイアスが重なり、女性が信頼を得ることは依然として容易ではないという。また、国や役職に関わらず、女性が男性には向けられない前提や期待、コメントを受ける場面が多いと語った。
両国で求められる意識改革としては、次の点が挙げられる。
チョン氏は、リスクテイクを支える環境づくりとジェンダーバランスの取れた資金アクセスが不可欠だと指摘する。そのうえで、価値の証明、透明性のあるコミュニケーション、そして粘り強さこそがディープテック領域でのリーダーシップを築く基盤になると強調した。
チョン氏は、アジアが競争ではなく協力を通じて、世界の臨床研究を牽引する存在になれると考えている。AI基盤のインフラ整備、臨床試験知識の越境共有、そして地域間の強固な協力が実現すれば、アジアは薬剤開発のみならず、グローバルな医療イノベーション全体を大幅に加速できる。
MEDIAIPLUSはアジア、欧州、北米との連携をさらに深め、存在感が十分に示されていない研究地域を主要な製薬エコシステムへとつなぐ計画を進めている。彼女は、アジアが連携して行動すれば、ヘルスケアの未来を主導する力を十分に持ちうると強調している。
本記事では、日本と韓国が世界の臨床開発において重要性を高めつつある現状を踏まえ、MEDIAIPLUSのCEO、チョン・ジヒ氏へのインタビューを通じて、AIやデータ活用、越境連携が医療開発をどのように変革しているのかを整理した。本稿が、アジアのヘルスケアイノベーションにおける新たな対話や協業の契機となれば幸いである。