スマホのように扱い、職人の身体知をデータ化するロボットOS ―台湾発スタートアップが挑む

深刻化する人手不足と熟練工の高齢化。特に職人の「手の感覚」に依存する研磨や溶接の現場において、ロボットの導入は急務である。しかし、従来のロボット導入には専門知識と多大なセットアップ時間が求められ、現場の足かせとなってきた。この課題に対し、ロボット、センサー、AIをシームレスに統合するプラットフォームで挑むのが、台湾発のスタートアップHolon Roboticsである。 同社は、スマートフォンのような直感的インターフェースによるプログラミング不要の自動化を実現。さらに、熟練工の勘や経験といった“身体知”をデータ化し、ロボットが現場で自律学習を繰り返す独自の仕組みを構築している。 設立わずか1年余りで、既に台湾では9つの産業分野に導入し、17件の設備納入実績持ち、世界最大級のテクノロジー・電子機器見本市CESやNVIDIAが主催する世界最大級のAI・GPU関連の開発者会議NVIDIA GTC(GPU Technology Conference)でも脚光を浴びる同社は、モノづくりの風景をどう変えようとしているのか。日本市場への進出も見据えるHolon Roboticsの創業者兼CEOの羅元玠(Yuan-Chieh Lo)氏に、その現在地と将来を聞いた。

深刻化する人手不足と熟練工の高齢化。特に職人の「手の感覚」に依存する研磨や溶接の現場において、ロボットの導入は急務である。しかし、従来のロボット導入には専門知識と多大なセットアップ時間が求められ、現場の足かせとなってきた。この課題に対し、ロボット、センサー、AIをシームレスに統合するプラットフォームで挑むのが、台湾発のスタートアップHolon Roboticsである。

同社は、スマートフォンのような直感的インターフェースによるプログラミング不要の自動化を実現。さらに、熟練工の勘や経験といった“身体知”をデータ化し、ロボットが現場で自律学習を繰り返す独自の仕組みを構築している。

設立わずか1年余りで、既に台湾では9つの産業分野に導入し、17件の設備納入実績持ち、CESやNVIDIA GTCでも脚光を浴びる同社は、モノづくりの風景をどう変えようとしているのか。日本市場への進出も見据えるHolon Roboticsの創業者兼CEOの羅元玠(Yuan-Chieh Lo)氏に、その現在地と将来を聞いた。

「Holon」という思想とロボットOS

Holon Roboticsは2025年に台湾の工業技術研究院(ITRI)からスピンオフされたスタートアップ。「Holon Robotics」という社名には、実はシステム理論や哲学の概念である「Holon(ホロン)」の思想が込められている。羅元玠氏によると、Holonとは思想家アーサー・ケストラーが著書『機械の中の幽霊』の中で提唱した概念で、「全体の一部でありながら、それ自体も独立した存在であるもの」を意味するという。つまり、一つの要素が単独で機能しつつ、同時により大きなシステムの一部としても有機的に機能する、という考え方だ。

羅元玠氏は、この思想がこれからのロボット産業と極めて相性が良いと語る。

「工場では、ロボット単体だけでは価値は生まれません。センサー、AI、加工機、PLC、そして人間のオペレーター。それぞれが独立して動きながらも密接に連携して初めて、一つの生産システムとして機能します。私たちの理念は、まさにこの構造そのものなのです」

彼らが目指しているのは、ロボットアーム、センサー、AI、加工工程を個別に最適化することではない。それらを一つの“知能化された生産システム”として統合し、「経験を蓄積し、共有し、成長し続けるロボットOS」を構築することだ。その思想そのものが、「Holon」という名前に集約されている。

「ロボットを動かす」のがスマートフォン並みに簡単

この「Holon」の思想を具現化し、開発したのは、研磨、研削、溶接、切削といった「ロボット加工(Robot Processing)」領域向けのソリューションだ。「自動化率が45%程度にとどまり、いまだ半分以上を職人の手作業に依存している研磨・研削工程では、従来のロボットのような難解なプログラミングや、導入ごとの長いセットアップ時間がボトルネックとなり、納期遅延や外注コスト増加を引き起こしていた」と、羅元玠氏はその背景を語る。

Holon Roboticsのソリューションの中核となるのは、「Holon OS」と「Holon Cloud」から構成されるOSプラットフォームだ。羅元玠氏はこれを、「iPhoneとiCloudのような関係」とも説明する。

Holon OS は現場側の操作システムであり、メーカーごとに仕様が異なる産業用ロボットや周辺機器を、たった一つの共通インターフェースで動かせるようにする仕組みだ。そして Holon Cloud が、現場の Holon OS を支えるAI機能とデータ蓄積の役割を担う。

この強力な連動システムは、具体的に4つの機能によってその真価を発揮する。

① マルチブランド・マルチセンサーのワンストップ統合

ファナック、ABB、KUKA、安川電機などの主要ロボットブランドに加え、2D・3Dカメラ、レーザー、力覚センサー、PLCといった多様な周辺機器を単一のインターフェースでシームレスにサポート。これにより、従来数週間かかっていた異メーカー間のシステム構築の手間を劇的に削減する。

② 3Dスキャンによる高速経路生成

CADデータを使わず、顧客が対象物を機械の前に置くと、3Dスキャンと位置決めが自動で行われます。これにより、15分以内に数千点以上の加工経路を生成でき、従来数時間かかっていた準備時間を85%短縮できる。

③ 動作指示を即座にコード化するAI

現場の職人やオペレーターが求めるプロセスや加工のアイデアをAIが数分で具体的なロボットコードへと落とし込む。

④ 現場に寄り添うAIアシスタント

エラーやトラブルに対して、即座に適切なガイダンスを提供。ダウンタイムを最小限に抑え、生産効率を最大化する。


「こうしたように、ロボットの活用はスマートフォンの操作と同じくらい直感的に行えるべきであり、アプリをインストールするのと同じくらい簡単にアップグレードできるべきだと信じています。」と、羅元玠氏は語る。

 現場側の操作システム「Holon OS」   写真提供:Holon Robotics

3Dビジョン自動経路生成  写真提供:Holon Robotics

タッチパネル制御式ロボット研削システム  写真提供:Holon Robotics

「経験を学ぶロボット」という発想

操作をスマホ並みに簡単にするだけでなく、Holon Roboticsは現在「経験を学ぶロボット」の開発に力を入れている。

「ロボットは普通、“あらかじめ決められた繰り返し作業を正確にこなす機械”と考えられています。しかし、現実の加工現場では、素材の個体差、微妙な形状の違い、刃具の摩耗など、毎回条件が異なります。だからこそ現場で本当に必要なのは、変化に対して柔軟に適応する“経験を学ぶ能力”なのです」と羅元玠氏は指摘する。

この柔軟性を実現するのが、同社が提唱する「インプロセスAI(In-Process AI)」だ。大規模なクラウド上のシステムモデルに依存するのではなく、各加工アプリケーションに特化した軽量な小型AIモデルをエッジ(現場)側で使用する。

「例えば、研磨後に実際どれだけ材料が削れたか、いわゆる材料除去率の分析について、研磨後に実際の材料除去率(例: 0.5mm)を計測し、実際の設定パラメータ(速度、圧力など)と計測結果を経験データとして蓄積させます。」と、羅元玠氏は例で説明する。

こうした設定パラメータと加工結果を関連付け、有効なデータとして収集・学習することで、熟練工の経験を機械上に留めることができるようになる。将来的には、環境変化を認識したロボット自身が、次の最適な加工パラメータを自律的に決定できるようになる。これは、環境適応型学習を重視する昨今の「Physical AI」の方向性とも完全に一致する。

台湾という「最適な訓練場」

Holon Roboticsが最初の市場として、米国や中国といった巨大市場を狙うではなく、他ならぬ「台湾」を選んだ理由も興味深い。

台湾の製造業は、しばしば半導体や電子産業によって語られる。しかし実際には、その土台を支えているのは、無数の中小工場だ。その一方で、世界中の製造業と同じく、深刻な人手不足と熟練工不足に直面している。

「実は、台湾市場だからこそ圧倒的なアドバンテージがあります。台湾には、少量多品種生産を行う中小工場が信じられないほどの高密度で密集しています。つまりここには、多様な加工条件、多様な製品、そしてAIの肥やしとなる膨大な『失敗例』が日常的にあふれているのです。AIの学習環境として、これほど価値の高い場所はありません。言い換えれば、台湾のモノづくり現場そのものが、濃厚な“経験データの宝庫”なのです」

実際、Holon RoboticsはITRIからスピンオフされる前、羅元玠氏をはじめとするコアメンバーが長年にわたり、この研究院のプロジェクトとして現場の自動化に取り組んできた歴史がある。その財産もあり、会社設立からわずか1年余りという驚異的なスピードで実用化が加速。現在では工具、水栓、自転車など9つの産業セクターに導入され、すでに17件の設備納入実績を持つ。さらに最近では、航空宇宙、半導体といった極めて高い付加価値と精度が求められる領域にも進出。驚くべきことに、同社は設立8か月後の決算で早くも黒字化を達成したという。

導入の足場は台湾に深く立脚しているが、技術開発の目線は常にグローバルを見据えている。台湾の多品種少量生産の現場を「最良の学習の場」としてAIを研ぎ澄ましながら、CESやNVIDIA GTCといった世界最高峰の舞台に出展し、最前線の技術とコネクションを貪欲に吸収する。そして今、台湾で鍛え上げられたOSを携え、世界へ展開する試みが始まっている。

米国San Joseで開催されたNVIDIA GTC 2026でのプレゼン  写真提供:Holon Robotics

米国ラスベガスで開催されたCES2026の出展ブース  写真提供:Holon Robotics

日本市場への強い視線

Holon Roboticsが、次の戦略的展開先として最も強く意識しているのが日本市場だ。

「理由は明快です。ファナックや安川電機など、世界の産業用ロボットを牽引する巨人が日本に存在するからです。また、日本には台湾と同様に、高い技術力を持ちながらも人手不足に苦しむ中小製造業が多数存在します」と羅元玠氏は期待を寄せる。

一方で、日本進出の難しさについても見立ては率直だ。同社は台湾での導入時、伝統的なティーチング方法に慣れた顧客からの抵抗感や、「本当にAIが学習するのか」という懐疑的な目に直面し、多くの壁を乗り越えてきた。それだけに、日本市場のハードルの高さもすでに覚悟の上である。

特に日本では30年以上にわたり、人間が徹底的に経路をプログラムする「ティーチング文化」が現場の安全と品質を支えてきた。品質へのプライドと失敗への警戒心は、台湾以上に強いかもしれない。これこそが、同社が日本で直面する真の挑戦だ。

しかし、同社はすでに具体的な一歩を踏み出している。実は、国内のロボットシステムインテグレーター(SIer)との連携を進め、日本の現場における実証実験(PoC)をすでに開始しているという。

羅元玠氏は、「こうした抵抗感はどの国でも必ず起きること。だからこそ、現場の言葉を理解するパートナーとの緊密な伴走が不可欠なのです」と冷静に語る。

同社が日本で築こうとしているのは、単なる販売網ではない。現在進めているPoCのように、日本のモノづくりの「泥臭さ」を熟知したSIerとタッグを組み、最先端技術と職人の言葉を双方向に「翻訳」しながら市場を共創していく──そんな強固なエコシステムの拡大を、彼らは見据えている。

「Physical AI」は、現場からしか生まれない

現在、世界では“Physical AI”への関心が高まっている。AIがソフトウェア空間を超え、現実世界で動き始めるという潮流だ。だが、現実の工場は、われわれが毎日に使ったAIツールのようにはいかない。素材は毎回微妙に違う。摩耗がある。ノイズがある。人によって段取りも違う。だから製造業では、「一度学習すれば終わり」という世界観は成立しにくい。

だからこそ、Holon Roboticsははじめから完璧な「万能のAI」を創ろうとはしていない。彼らが目指すのは、人間と同じように失敗から学び、実直に「経験を積み続けるロボット」だ。同社が研磨や研削、溶接といった、最も職人技能への依存度が高く、これまで自動化が不可能とされてきた“泥臭い工程”にあえて集中している理由もそこにある。

今後の展望について、羅元玠氏は次のように強い決意を語る。

「今後5年間は、研削、研磨、溶接といったロボット加工の分野に引き続き注力し、リーディングカンパニーを目指します。物流のピッキングなど、技術難度が製造加工より比較的に低く競合も多い分野へ参入は考えていません」

あえて過酷な主戦場から逃げない。そこに、この会社の思想と覚悟が明確に表れている。何世代にもわたって培われてきた職人の「身体知」を、いかにしてデジタルのプラットフォームへ落とし込み、次世代へと繋いでいくか。台湾の製造界を文字通りの「訓練場」として実績を重ねてきた同社が、日本独自のロボット文化や厳しい品質基準とどう噛み合い、適応していくのか。その実践的なアプローチの真価は、これからの日本市場への挑戦の中でも試されることになる。

Holon Roboticsへの取材で印象的だったのは、彼らが「AI」そのものを語る時間より、「現場」を語る時間のほうが長かったことだ。AIブームの中では、どうしても“知能化”ばかりが注目される。しかし彼らの関心は、研磨時の力加減や、耗材の詰まり、加工面の微細な違いといった、極めて物理的で身体的な領域に向いていた。そこには、単なるソフトウェア企業ではなく、「職人の経験をどう継承するか」という問題意識があるように感じた。台湾の中小製造業を“学習環境”として捉える視点も興味深く、日本の製造会社との親和性の高さを強く感じた。