ロボットを売るな、魚を売れ!「活け締め」で拓く、水産業の大変革

日本で江戸時代初期に生まれた伝統的な技術をロボットで置き換えようとする企業がある。その技術こそ、魚を長く新鮮に保つ「活け締め」だ。 釣った魚の脳を瞬時に射止めて即死させ、完璧に血抜きを施す処理を指す。魚は苦しまずに死ぬため、ストレスホルモンの放出を抑え、旨味の元になるエネルギーを温存することができる。これにより魚の鮮度と味を、良い状態で最大限保つことができる。 Shinkei Systems(シンケイ・システムズ)はこの活け締めの技術を、コンピュータービジョンと機械学習で自動化し、さらに鮮度を高めるための独自の工程を組み合わせることで、魚の消費期限を従来より最大2〜3倍に伸ばすことができるという。 アメリカでは漁獲した20%以上の魚が廃棄されており、鮮度を長く保てれば食品ロスの削減を期待することが出来る。 しかし、この企業の本当の狙いはその先にある。 「サプライチェーンの大変革、それが私たちの夢です。まずはインパクトを与えるロボットから着手し、そこを突破口に水産業界を変えていきたいんです。」 シンケイ・システムズを立ち上げた共同創業者のサイフ・カワジャ氏は、こう意気込む。 この企業には、ピーター・ティール氏ら率いるファウンダーズ・ファンドが出資している。困難だが、大きなインパクトをもたらす革新的な企業への投資で名を馳せるファンドが支援していることも、彼らの狙いの深さを裏付けているだろう。 カワジャ氏はどのように水産産業の世界を変えていこうとしているのか、その破壊的ロードマップを紐解いていこう。

魚は叫んでいる

カワジャ氏がシンケイ・システムズ(以下、Shinkei)を立ち上げるインスピレーションを得たのは学生時代、ピーター・シンガー氏によるエッセイに出会った時に遡る。

動物愛護活動家であり、プリンストン大学の生命倫理学の教授でもあったシンガー氏が書いたのが「もし魚が叫ぶことができたら(If Fish Could Scream)」というエッセイだ。

そこには、牛や鶏などの陸上動物は「即座で苦痛を与えない」屠殺法が法律で義務付けられている一方、魚には規制がなく長時間かけて窒息死している現状が記されていた。

最後は魚を「人道的に捕獲、処分する方法」を学ぶか、それができなければ、より残酷でない持続可能な代替案を見つける必要があると痛烈に訴え、現代の倫理学に大きな影響を与えた。カワジャ氏にとってもその内容は衝撃的だった。

「どうすればその核心的な問題を解決できるだろうと考えたんです。そこで日本の技法から着想を得て、機械を開発してみようと思いました。」

 共同創業者のカワジャ氏(右)とリード・ギンズバーグ氏

写真提供:Shinkei Systems 

日本の伝統技術で劣化を防げ

彼が研究に没頭する中で目をつけたのが、400年以上も前の江戸時代初期に日本で開発された「活け締め」という伝統技術だった。

魚の脳を刺して即死させ、エラを切って血を抜くことで、鮮度と旨みを長く保つことができるものだ。

魚は漁獲後に意識を失うまで、数分から時には1時間以上かかる。魚が窒息する間に放出されるコルチゾールやアドレナリンといったストレスホルモンや、旨味の元になるエネルギー分子(ATP)が激しく消費されて枯渇することで、魚の鮮度や味の劣化が進み消費期限が短くなってしまう。

しかし、魚を安楽死させればこれらのダメージを最小限に抑えることができ、魚の消費期限を従来の2〜3倍に伸ばすことができる。

  写真提供:Shinkei Systems 

アメリカでは魚の20%以上が廃棄され、その中でも「消費期限切れ」によるロスが大きな割合を占める。活け締めの手法を取り入れたロボットを利用すれば、食品ロスを減らす効果が期待できるわけだが、カワジャ氏はそれだけでなく、同時に脱炭素化にも寄与すると話す。

「賞味期限が延びたことで、魚を空輸する代わりにトラックを使えるようになります。二酸化炭素の排出量も減り、効率的なサプライチェーンを構築する機会も生まれます。」

活け締めは魚を人道的に処理しながら、鮮度も長く維持できる一石二鳥の技術だ。ただ、これは一匹ずつ処理しなくてはならず、高度な職人技と手間がかかる。

カワジャ氏は早速この職人技をロボットで再現すべく、プロトタイプの作製に取りかかった。最初は3Dプリンターの先端に釘を付けたようなものが動き回る簡単な試作品だったという。

「オープンソースのソフトウェアを使い、いくつかのアルゴリズムを組み合わせて、どうすれば機能するかを探りました。実世界では到底通用しないものでしたが、「コンセプト実証」としては十分で、手応えを感じました。」

その後、2022年に起業。イーロン・マスク氏率いる宇宙会社のスペースXや、評価額9兆円、世界で最も注目を集める防衛テックスタートアップ、アンドゥリル・インダストリーズ出身の精鋭メンバーを獲得し、活け締めロボットの開発を進めてきた。

6秒で仕留めるロボット技

Shinkeiが開発するロボットの名は、ギリシャ神話における海を司る強大な神「ポセイドン」に由来する。

 漁師の船に設置されたポセイドン

写真提供:Shinkei Systems 

漁師が釣り上げた魚を一匹ずつ生きたままポセイドンに入れると、AIが魚の種類、サイズ、向き、脳やエラの位置を特定する。

次に暴れる魚の動きを計算し、処置すべきポイントをリアルタイムで追跡してスパイクを打ち込む。その後にエラの動脈を切り、浸透圧をかけて血抜きをする。ここまでの処理はわずか6秒、手作業を凌駕する精度で行われる。

「魚は死んだ後に形、サイズ、色が劇的に変わります。そのため、生きた魚のデータセットをどう集めるのか。またどのように生きた魚を固定するのか、素早くスキャンするにはどうしたらいいのか、苦労しました。」

ポセイドンは一台で全ての魚種に対応しているわけではない。今は一般的に食べられていて流通量の多い銀だら、スズキ、カサゴなどの根魚、鯛といった4種の魚をターゲットにしており、今後は対応する魚の種類も広がる見込みだ。

 ポセイドンに一匹づつ魚を投入する

写真提供:Shinkei Systems 

ロボットを売るな、魚を売れ

ポセイドンは漁に出る船に設置することができ、漁獲した魚を随時処理していくものだ。最初は、ロボットを漁師に販売・レンタルすることを試みたが、この方法ではビジネスがスケールしないと気づくのに時間はかからなかった。

カワジャ氏は、漁師の船に乗り込み、彼らと時間を過ごすうちにその理由をすぐに理解した。

 漁船に乗り込んだカワジャ氏

写真提供:Shinkei Systems 

漁師は、自然と格闘する極めてストレスフルな現場で働いている。時には死と隣り合わせの状況で働かなくてはいけないこともある。

それに加え、網や船には高額な維持費がかかり、燃料費・人件費も高騰。魚の売値が上がりにくい中で、これまでのやり方を変えようという漁師はなかなかいなかったのだ。

「漁師たちは複雑な機械を持つという、さらなるリスクを負いたがりません。そこで私たちは「機械を売る」ことではなく、「魚を売る」ことを選びました。漁師にはテクノロジーを無料で提供し、獲れた魚を私たちのブランドとして販売する仕組みです。」

カワジャ氏は漁船で時間を過ごしながら、漁師がポセイドンで処理した魚をプレミアム価格で買い取り、自社で高品質ブランドの魚として小売店に販売するというロードマップを描き始めた。

2024年には、自社ブランド「Seremoni(セレモニ)」を設立。漁獲から卸売まで徹底した垂直統合で漁師の利益をしっかりと確保し、それと共に海の資源も守る持続可能なサイクルを作り上げているのだ。

ミシュラン星シェフの熱いラブコール

魚をロボットで自動処理し、独自ブランドとして品質を管理することで、食感と旨味をしっかり閉じ込める。さらに血抜きもするため、腐敗を防いで雑味のない味わいが長持ちする。

セレモニの新鮮な魚は、ミシュラン星レストランのシェフの目にも止まった。

「私たちの魚を使うことで食感が良くなり、風味がより濃くクリアになって料理の質が上がったと言ってくれるシェフも多くいます。」

ニューヨークのマンハッタンにあるミシュラン3つ星フレンチ・シーフードレストラン「ル・ベルナルダン」、環境やサステナビリティに配慮したサステナブル・キュイジーヌの「イレブン・マディソン・パーク」でもセレモニの魚が使われている。

 「セレモニ」の銀だら

写真提供:Shinkei Systems 

現在は全米15都市で流通しており、食品宅配専門のネットスーパーや、全米規模の小売店でも購入することが可能だ。例えばネットスーパーの「フレッシュダイレクト」で注文すると、価格は従来の10〜15%増し程度になる。

「燃料費などを考えると、輸入された養殖の銀だらと比較した場合、私たちのプロセスを経た天然物の方が安い場合もあります。コスト構造によりますが、10〜15%増というのは、受け入れられるのには良い範囲だと思っています。」

一流レストランだけでなく、日常の食卓へーー。セレモニはアメリカの魚のスタンダードを着実に変え始めている。

究極のトレーサビリティー

その後2025年、スペースXやフェイスブック、パランティア・テクノロジーズにも投資するファウンダーズ・ファンドなどがShinkeiに約35億円を出資した。

「他の投資家が恐れて手を出さない、実現困難だが解決すれば世界を変える技術」に張ることで著名なベンチャー・キャピタルが後ろ盾についているということも、彼らのテクノロジーが単なるアイデアに留まらず、水産業の常識を覆す本物のイノベーションであることの証明だ。

そして今年3月、Shinkeiは水産の未来を塗り替えるロードマップの針を、さらに一段、力強く進めた。

ワシントン州・シアトル地域で実績のあった水産加工業者から施設を買収し、自社の加工工場を手に入れたのだ。工場は年間最大約4,500トン以上の魚を加工・スケールアップできる膨大な処理能力を持つ。

しかし、この場所は単に、水揚げされた魚を捌くだけではない。今回の買収は、この工場がShinkeiの垂直統合ビジネスの要になることを示している。

ここではShinkeiが見据える「究極のトレーサビリティー」が実現することになるのだ。それを可能にするのがCHRN(クロノス)とNERA(ネラ)だ。

 クロノスのダッシュボード、一目で魚の状況が把握できる

写真提供:Shinkei Systems 

これから本格的な導入が見込まれるネラは、工場内に設置された複数のスキャナーで、魚の品質を測定。魚一匹一匹の生体バイオマーカーをリアルタイムで追跡し、その魚の品質や正確な賞味期限をデータ化する。将来的には、個体ごとの賞味期限を予測することを目指しているという。

またクロノスは漁獲、ポセイドンでの処理時刻、加工工場を通過した時間、またいつシェフや食料品店に届くのかという、サプライチェーン全体のスピードとスケジュールをリアルタイムで調整している。

「例えば5日間の漁に出て、1日目に獲れた魚と5日目の魚が混ざっている場合、今は全部一緒に箱詰めされます。でもネラを使えば、数日間船にいた1日目の魚は地元で販売し、戻る直前に獲れた5日目の魚は空輸で遠くの国へ送る、といった最適化が可能になるわけです。」

このシステムが完全に動き始めると、サプライチェーンの作業効率と利益を最大化させるだけでなく、これまでになかった海産物の究極のトレーサビリティーが実現する。海から私たちのテーブルまで最も新鮮な魚が、最短で届けられるようになるのだ。

こうなると、将来は魚を「重量」だけではなく、「鮮度スコア(潜在的な消費期限)」に基づいて取引する、という日が来るかもしれない。

世界の一流が集まる豊洲に進出

25年6月には、ヤマト運輸を傘下に持つヤマトホールディングスと提携し、日本へも魚を輸出している。

「セレモニの銀だらはもう豊洲市場に送っているんです。ヤマトと提携することで、日本の潜在的な輸入パートナーへの紹介を受けたり、輸出インフラの構築支援をしてもらっています。」

日本の数件の寿司店でもセレモニの魚が使われているという。温度管理を一切途切れさせずに完璧な状態でセレモニの魚を届けるネットワークを、ヤマト運輸の配送網が全面的に支えているというわけだ。

カワジャ氏は、今は着実にアメリカの足場を固めることに集中したいと話すが、その先にはもちろん本格的な海外進出を見据えている。

日本の伝統技術をAI、ロボットで再現し、魚の持ち味を100%引き出して世界へ届ける。カワジャ氏ら率いるShinkeiが仕掛ける壮大な「水産業の変革」という航海は、まだ始まったばかりだ。

ゲストプロフィール

Saif Khawaja(サイフ・カワジャ)Shinkei Systems創業者&CEO

ペンシルベニア大学ウォートン校でテクノロジーとデザインの融合を学び、在学中にAIを活用した自動活け締めロボットの試作を開始。2022年に同大のサステナビリティ・イノベーション賞を受賞し起業する。ロボットで締めた高品質の魚を、ミシュラン星付きレストランから全米の家庭へ届け、水産業のサプライチェーンの変革に挑む気鋭の若手リーダーだ。

魚の人道的な処理(倫理)、食品ロスの削減や新鮮な魚へのアクセス(環境)、そして漁師の収益向上(経済)という、一見両立が極めて難しい課題を垂直統合という見事なビジネスモデルで解決している事例。輸送面というだけでなく、日本企業が支えられる、協業できるポイントが高い企業だと感じた。今後はサーモンなど養殖魚にも対応し、数に対応できるようになるとさらに大きなインパクトが出るはずだ。