2026年、生成AIの実装は「個人の生産性向上」から「組織の構造変革」へとフェーズを移している。 株式会社ゲシェル代表取締役の原田洋平がホストを務める新春対談シリーズ。第2回のゲストは、アドテクノロジーの黎明期からデータを武器にビジネスを展開してきたログリー株式会社の代表取締役、吉永浩和氏だ。大学院在学中に起業し、技術者としてのバックグラウンドを持つ吉永氏。彼が語ったのは、「バイブコーディング(Vibe Coding)」時代のエンジニアの生存戦略と、AIを単なる「コパイロット(副操縦士)」で終わらせず、業務フローそのものを書き換えるための冷徹な思考法だった。
原田: 前回の日立ソリューションズ市川さんとの対談では、AIによる「人月ビジネスの崩壊」が話題になりました。アドテクノロジー業界は元々AIや機械学習との親和性が高い領域ですが、吉永さんは現在の生成AIブームをどう捉えていますか?
吉永: 広告業界において、クリエイティブの生成やLP(ランディングページ)の自動作成など、生成AIのインパクトは多大です。しかし、多くの企業が「何をAIに置き換えるか」という点で見誤っていると感じることがあります。
原田: 見誤っている、とは?
吉永: よく「業務効率化のためにAIを使おう」と言われますが、既存の「ルールベース」で動いている業務を生成AIに置き換えるのは、あまり意味がないんです。ルールが明確なものであれば、従来のプログラムでシステム化した方が速いし確実です。生成AIの本質的な価値は、そこではありません。
原田: 確かに、決まった計算や処理なら従来のプログラムの方が優秀ですね。
吉永: そうです。生成AIが真価を発揮するのは、「これまで人間しかできなかったこと」、つまり「ルール化しにくい曖昧な領域」です。 例えば、広告審査業務。8割は「薬機法でこの単語はNG」といったルールで弾けますが、残りの2割は「文脈的にグレー」なもので、これまでは人間が目視で判断するしかありませんでした。この「人間しかできなかった判断」こそをAIに置き換えるべきなんです。
原田: なるほど。人間が介在せざるを得なかったボトルネックこそが、AIの適用箇所なんですね。
吉永: 一方で、何でもかんでも生成AIで、というのも違います。例えば広告配信のRTB(リアルタイム入札)は、0.05秒〜0.1秒の世界でレスポンスを返さなければなりません。現在の生成AIに「このユーザーに最適な広告は?」と考えさせると、その速度には到底間に合わない。適材適所を見極めることが重要です。
原田: アドテク市場も競争が激しいですが、AI機能の実装は差別化要因になりますか?
吉永: 3年前、ChatGPT(GPT-3.5)が出た頃なら「AI機能を搭載しました」だけでニュースになりました。しかし今は、どのSaaSもプロダクトも生成AIを積むのが当たり前です。機能があること自体はコモディティ化しています。
原田: 確かに、「AI搭載」という言葉に誰も驚かなくなりました。
吉永: これから問われるのは、「機能があるか」ではなく、その出力結果がいかに「高精度で信頼できるか」です。みんなが同じLLM(大規模言語モデル)を使う中で、差をつけるのは「独自のデータ」と「プロンプトエンジニアリング」です。 だからこそ、これからのビジネスモデルは「機能提供(サブスクリプション)」から、AIが出した結果に対する「成果報酬(アウトカム)」へとシフトしていく可能性があります。
原田: 前回の日立ソリューションズ市川さんも「成果報酬型へのシフト」をおっしゃっていました。業界を超えて、ビジネスモデルの変革が迫られているのですね。
原田: 吉永さんはご自身でもコードを書かれますが、エンジニアの働き方はどう変わっていくと見ていますか?
吉永: 向こう3年以内に、プログラミングというものの考え方が劇的に変わると思っています。今、シリコンバレーなどでは「バイブコーディング(Vibe Coding)」という言葉が使われ始めています。自然言語でざっくりとした指示(Vibe/雰囲気)を与えるだけで、AIがコードを書いてくれる世界です。
原田: エンジニアが手打ちでコードを書く必要がなくなると。
吉永: ええ。私自身、先日の土日に広告運用のためのAIエージェントを自作してみたのですが、トータル4〜5時間でほぼ完成してしまいました。これを開発チームに依頼して、要件定義して…とやっていたら何週間もかかります。 AIが書くコードの精度は日に日に上がっています。これからは「書く(Coding)」ことよりも、AIが書いたものが正しいか検証する「ベリフィケーション(Verification)」や、どういうシステムを作るかという設計能力が問われるようになります。
原田: それはエンジニアにとって、アイデンティティの危機でもありますね。
吉永: そうなんです。エンジニアは職人気質な人が多いので、「自分で美しいコードを書く」ことにこだわりがちです。しかし、そこに固執しすぎると、非エンジニアがAIを使って爆速でプロダクトを作る時代に置いていかれてしまう。 「コパイロット(副操縦士)」としてAIを使うのはもう当たり前です。その先にある、プログラミング自体をAIエージェントに任せ、人間は何をするのか。これを今から考えておかないと、3年後には厳しくなるでしょう。
原田: 日本企業のAI活用は遅れていると言われますが、組織としての導入状況はどうご覧になっていますか?
吉永: 多くの企業で、「ChatGPTを導入しました」「社員が自由に使える環境を作りました」で止まっているのが現状ではないでしょうか。しかし、それは個人の能力を拡張しているに過ぎません。 重要なのは、会社として「業務フローの中にAIを組み込む」という意思決定をすることです。
原田: 個人ツールではなく、プロセスの一部にするということですね。
吉永: 例えば、「契約書チェックの一次確認は必ずAIを通す」「この工程はAIエージェントに任せる」といった具合に、業務フローのパーツをAIに置き換えていく。 「チャットAIで何でも聞けるようになりました」というのは、もはやイケてない(笑)。業務の8割がAIに置き換わり、人間は人間にしかできない創造的な仕事に集中している。そこまでやって初めて、IT企業として価値があるし、外から見ても「イケてる会社」だと評価されるのだと思います。
原田: 最後に、ログリーとしての今後の戦略を教えてください。
吉永: クッキーレスや法規制の影響もあり、広告事業単体では厳しい局面が続いています。そこで、AIと自社データを活用し、マーケティング領域全体へ事業を拡張しています。 具体的には、インフルエンサーマーケティングや、B2Bセールスに特化したプロダクト「URUTEQ(ウルテク)」などです。これらにおいても、単にAIを使うだけでなく、我々が持つ独自のデータを掛け合わせることで、他社にはない「信頼性の高いアウトプット」を提供することを目指しています。
吉永 浩和(よしなが・ひろかず) ログリー株式会社 代表取締役
大学院修士課程修了後の2006年にログリー株式会社を設立。「ログ(データ)」を価値に変えることをテーマに、レコメンドエンジンやネイティブ広告プラットフォームなどのアドテクノロジー事業を展開。2018年、東京証券取引所マザーズ(現グロース)市場へ上場。現在は技術者としてのバックグラウンドを活かし、生成AIを活用したマーケティングDX事業やB2Bセールステック事業の創出を牽引している。
インタビューの中で印象的だったのは、吉永氏の「AIでコスト削減や効率化はできても、トップライン(売上)を伸ばすのは人間の創造性だ」という言葉だ。生成AIは「集合知」の塊であり、過去のデータの最適解を出すことには長けている。しかし、誰も見たことのない新しいビジネスや価値をゼロから生み出すのは、まだ人間の領分である。 業務フローを徹底的にAI化し、空いたリソースを全力で「トップラインを伸ばすための創造的活動」に振り向ける。それが、これからの企業経営のスタンダードになっていくのだろう。