データセンター建設、エネルギーインフラ整備、防衛関連施設の拡張。世界の建設業界は今、かつてないほど需要が拡大している。市場は約15兆ドル規模に達し、今後も年率5〜6%で成長すると見込まれている。 しかし、その成長に反して現場は慢性的な供給不足に直面している。欧州では熟練労働者の高齢化、資材価格や機材コストが高騰しているため「作りたくても作れない」状況が常態化しつつある。 こうした中、フランス・パリにある世界最大級の起業家・スタートアップの集積施設『Station F』で開催されたContech Connectには、建設市場の構造を変える可能性を秘めたイノベーション企業が出展し、業界の前提そのものを問い直す議論が交わされていた。注目だったのは、セッションに登壇したドイツのVC『Foundamental』のパトリック・ヘラーマン氏の発言だ。彼は「建設業界の問題は生産性ではなく供給能力だ」と指摘し、鍵となる概念として「標準化(Standardization)」を提示した。 AIやロボティクスの進化が注目される一方で重要なのは、技術そのものではなく「人・資材・機械・資金」をいかに再現可能な形で束ね直すかという設計思想である。本稿では、パトリック氏が提言した建設業界の未来を創造する3つの企業カテゴリーを紹介するとともに、その未来を現実へ導く注目のスタートアップを読み解いていく。
2026年5月28日、パリのスタートアップキャンパス Station F で開催されたContech Connectは、欧州を中心に建設業界におけるイノベーションの最前線を知ることができるイベントだ。フランスの大手建設企業サポートのもと、デベロッパー、インフラ事業者、投資家、スタートアップが集まり、業界の未来を議論する場として存在感を高めつつある。会場にはAI、ロボティクス、脱炭素、インフラ管理など、幅広いテーマのスタートアップが出展していた。
そんな中、オープニングセッションに登壇した独ベンチャーキャピタル「Foundamental」のゼネラル・パートナー、パトリック・ヘラーマン(Patrick Hellermann)氏が、今後の業界分析に見逃せない重要な観点を提供してくれた。
「建設業界の問題は生産性ではありません、供給能力です」
パトリック氏によると世界の建設市場は現在約15兆ドル規模に達し、今後も年率5〜6%で成長すると見込まれている。その要因は、AIの需要増加によるデータセンター建設、エネルギーインフラへの投資、防衛関連施設の整備といった需要の増加である。
しかし、供給が追いついていない。 欧州では熟練労働者の高齢化が進み、資材価格は高騰し、建設機械のコストも増加している。パトリック氏は、建設業界で頻繁に語られる「生産性を向上すべきだ」という言葉に懐疑的だ。他の産業に比べ、建設業界の生産性が低いことが長年問題視されているが、その議論自体は本質的でないと指摘する。
「重要なのは生産性ではなく、標準化(Standardization)です」
ここで語られる標準化とは「誰でも再現できる仕組みに変えること」つまり「人の経験や勘への依存を脱却し、誰でもどこでも同じ品質で生産できる状態を作ること」である。
「標準化によって供給能力を増やす。生産性の向上は、その結果として現れるに過ぎないのです」
また、「AIで現場を効率化しよう」という昨今のトレンドに対して以下のように指摘した。
「建設業界はソフトウェア産業ではありません。最終的に必要なのは人、資材、機械、資金であり、現場で物理的な構造物を完成させることです。ソフトウェアは重要ですが、それ自体が建物を建てるわけではありません。実際、建設業界のコスト全体のうち、ソフトウェアが占める比率はたった2%程度に過ぎないのです」
さらにパトリック氏は、Contech(Construction Technology:建設×テクノロジー)分野における過去の失敗についても言及した。
「これまでのContechへの投資の多くが、新しい供給モデルを作れば世界が変わると考えすぎていました。3Dプリントや代替建材の開発などは、技術的には高度であっても、どこでも誰でも利用できる再現可能な仕組みが作られていなかっため普及しなかったのです」
「大勢が必要とする需要」と「大量に流通可能な供給」 の2つを接続することはそう簡単ではない。しかし、これらへの意識が欠けたプロダクトとサービスでは、今度の需要が拡大する建設業界には必要とされない。
パトリック氏は、標準化を進めるために必要な存在として、2026年以降に成長が見込まれるContech企業を三つのカテゴリーに分類した。この視点が非常に興味深いものであった。
シンクロナイザーは、建設業界では「建材の流通を支えるマーケットプレイス 」「労働力のマッチング 」「機材シェアリングサービス」などに当てはまる。つまり、新しく建材やロボットを開発する企業ではなく、人、情報、資材、機械が必要な建設プロジェクトにおいて、需要と供給を効果的に同期させることが求められる。
例えば、マクドナルドやコカコーラ社といったグローバル企業は、自社で確立したビジネスモデルを世界各地のローカルサプライヤーに提供し、その土地に根差したサプライチェーンとして定着させることに成功している。つまり、ブランドへの需要を標準化して束ね、供給側に効率的な稼働を与えるモデルだ。
ドイツの総合電機メーカー・シーメンスのように、情報通信、交通、防衛といった複数のカテゴリーのノウハウを持つ企業がシンセサイザーの役割を担える可能性が高い。建設分野では「新しい建材の開発」「モジュラー建築(事前に製造した部材を現場で組み立て効率化する手法)特化型の開発」「宇宙産業分野の建設」など。重要なのは、今後需要が標準化されていくかであり、単なる技術革新だけでは標準化は成し遂げられない。
パトリック氏は、AppleやVISAのような業界システムを支える大元の基盤になる存在をシステマタイザーだと説明した。つまり「建設産業のOSになることができる企業」を指している。「建設データの基盤管理」のほか、建設業界が苦手とする「金融インフラの整備」といったフィールドで標準化を目指す必要があると語った。
今回のContech Connectに出展していたスタートアップの中には、パトリック氏が指摘する三つのカテゴリーに当てはまる企業を見つけることができた。以下、注目のスタートアップを紹介する。
同社はロボティクス技術を活用し、高所作業を中心に施工支援を行うAI搭載型ロボットを手がける。標準的なリフトや工具との接続を前提に設計されたシステムにより、ドリル、清掃、検査など、アタッチメントの付け替えによって6つの分野の作業が可能とする。同社によると精度は±02.mm、24時間稼働に対応し、施工生産性を最大300%向上させる。従来3人必要だった作業を1人で実施できるケースもあり、複数の作業をオペレーターによる半自動化システムで、熟練スキルを身につけることなく、誰でも施工できることがメリットとして挙げられる。
工具にインテリジェンスを加えることで、経験値でばらつきが生じる作業員のスキルの同期化を目指している。例えば同じ電動工具を使っていても、新人と熟練工では施工の品質や作業効率に大きな差が生じる。 また、ドリルやドライバーなど、使用を繰り返すことで摩耗する工具は、交換のタイミングを誤ると、思わぬ事故を引き起こし、追加コスト発生の原因にもなってしまう。 Lifiotは、こうした課題に対して工具そのものに取り付け可能なIoTセンサーを開発している。既存工具を半自動化し、利用状況や消耗状態、誤使用の兆候をリアルタイムで把握できるようにすることで、現場全体の施工品質向上を目指している。熟練工でなければ気付けなかった異常や判断を、データによって可視化し、現場全体で「同期化」できるようにする試みと言える。
同社は床タイル設置を半自動化するロボットシステムを開発している。物流施設やデータセンターなどの大型建築では、床施工や地盤整備をいかに早く終わらせることができるかが工期を左右する。これらの工程は熟練技能工への依存度が高い。同社のロボットシステムは、最大10平方メートルの床タイルを人の手を加えずに連続して貼り続けることができる。熟練のタイル職人が1日に施工できる面積、45平方メートルに対し、このプロダクトを使用すれば最大200平方メートルまで施工が可能だという。基本的なオペレーションを学びさえすればシステムは誰でも利用可能。目立つ領域ではないが、「ロボティクス×タイル」に特化した新たな供給システムとして注目が集まる。
3Dスキャンで室内空間を認識し、塗装範囲や移動経路を自動生成する塗装支援ロボット「PACO」を開発した。エアレススプレーにより均一な塗装品質を実現し、最大3.5mの高さまで対応することで脚立や足場を使う高所作業を削減する。操作は約2時間の講習で習得可能とされ、熟練技能に依存しがちな塗装工程の標準化と生産性向上を支援する技術として注目を集めている。
「コンクリート診断のシステマタイザー」と呼べる存在だ。建設現場ではこれまで、構造物内部の状態確認は熟練技術者の経験に頼る場面が多かった。Birdsviewは地中レーダー(GPR)とAI解析を組み合わせ、鉄筋の位置や空洞、劣化の状況をミリ単位の精度で可視化。解析結果は現場で1分以内に取得でき、3Dモデルにも連携できる。同社によれば、導入企業はプロジェクトごとに72〜97%の時間削減、67〜92%のコスト削減を実現。さらに既存構造物の再利用により最大90%のCO₂削減効果も報告されている。2026年時点で60件以上の国際プロジェクトを実施済で、熟練者の「勘」に依存していた構造診断を、誰もが使えるデータとワークフローへ変換する。Birdsviewはインフラ維持管理の標準化を進める代表例といえる。
システマタイザーの好例といえるスタートアップだ。同社は衛星画像や航空測量データを活用し、植生、炭素の蓄積量、生物多様性、ヒートアイランドなどの環境指標を20cm単位の解像度で可視化する。さらに、樹木の種類や建材の変更による影響をシミュレーションし、数十年先までの気候リスク予測も行う。従来は専門家ごとに分散していた環境評価を一つのプラットフォームに統合することで、建設・不動産・インフラ事業者による、同じ指標での意思決定を可能にする。
Contech Connectでは、パトリック氏が指摘するように、建設分野のテックが「AIをどう使うか」から「供給能力をどう増やすか」という段階へ移行し始めている。業界が求めているのは、派手なAIシステムではない。人、資材、機械、資金、エネルギー、情報をつなぎ直し、供給能力を拡張する新たな仕組みである。
開発したプロダクトが需要と供給を満たしているかどうか。サービスの目新しさ、技術力の高さが先行するあまり、迷走してしまうことがないよう、パトリック氏が述べるようなカテゴリー分けを意識することでスタートアップの今後の成長を予測する必要があると感じた。本稿が、さまざまなトピックが複雑に絡み合う建設業界の未来を考える一つの指針となれば幸いである。