「世界で最もビジネスが難しい場所」──日系VC初のエジプト在住投資家が語る、アフリカ投資の本質

アフリカ最大都市・カイロの喧噪の中に、日本人投資家がいる。電通でトヨタのグローバルマーケティングを担い、インドで新興国のダイナミズムを体感し、ハーバードでMBAを取得。その後、マッキンゼーを経て、キャリアをすべて注ぎ込んだ先は、日本から約1万キロ離れたエジプトだった。 Sunny Side Venture Partnersを率いる才木貞治氏は、日系・アジア系VCとして初めて北アフリカに移住し、4年弱で24社への投資を完了した。そして今、アフリカと中南米を組み合わせた前例のない2号ファンドの組成に動き出している。 その行動原理を一言で表すなら、「Additionality(付加性)」だ。みんながやっていることをやっても、自分の価値を最大化できない。誰もいない場所に飛び込んでこそ、最大の変化を生み出せる。その信念が、才木氏をカイロへと連れてきた。 世界の情勢が内向きになりつつある今、グローバルサウスはどこへ向かうのか。そして日本企業はこの巨大な市場とどう向き合うべきか。現地に根差した投資家だからこそ見える、アフリカと中南米の実像に迫った。

「電通アフリカを作りたい」原点は、20年前の旅と一人の留学生との出会い

――アフリカへの関心は、いつ頃から芽生えたのでしょうか?

才木:原点をたどると、2006年~2007年、大学時代のカナダ留学までまで遡ります。同じ寮に同じぺルー人の留学生がいて、数学を教えてほしいと言ってきたんですね。教えてみると、日本で言えば中学生レベルの内容でした。でも彼は私より5〜6歳年上で、しかも留学サポートを受けてやっと来られた人で。教科書も高くて買えないから、捨てられた本を集めるドネーションボックスを漁って手に入れていました。

その姿を見た時に、なんか悔しくなってしまって。「この人が自分と同じスタート地点にいたら、もっと優秀だったんじゃないか」って思ったんです。自分が今いる場所は、自分の実力じゃなくてたまたま日本に生まれた運じゃないかと。スタート地点に関わらず努力や実力がフェアに評価される世界をつくりたい、という気持ちがその時に生まれました。

――その後、実際にアフリカに行かれたのですか?

才木:2008年に東アフリカをバックパッカーとして約1ヶ月旅しました。物を売ったり物乞いをしたりする子どもたちが寄ってくるのですが、その姿を見て、「可哀そう」と憐れむ気持ちよりも、「すごいなぁ」と尊敬する気持ちが大きかったんです。自分がその年齢の時は何をしていたかって考えると、生きるのに必死な姿がまぶしく感じて。カナダで感じた気持ちが、もう一度よみがえってきました。

――電通に入社されてからも、アフリカへの思いは続いていたのでしょうか?

才木:ずっとありましたね。入社した時から「電通アフリカを作りたい」って言い続けていたんです。その後インドに赴任したんですが、それがかえって良かったのだと思います。

赴任先のバンガロールははインドのシリコンバレーと呼ばれる場所で、スタートアップのスピード感とインドという大国の持つマーケットの規模に圧倒されました。別チームでしたが現地で調査をした時に、インドの若者に「ロールモデルは誰ですか?」と聞いたら、1番多かった答えが「自分」だったんです。

今の自分たちの世代がトップだ、という感覚を持っている。それを見た時に、「早くアフリカに行かないと」という気持ちが一気に強くなりました。インドですら、もう少し早く来ていたらもっと面白かったと感じていたので。

ハーバードで出会った「Additionality」― 人はどうやって自分の価値を最大化すべきか

――インドでの経験の後、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)への進学を決めたのはなぜですか?

才木:アフリカに行くための準備という意味合いが大きかったですね。いきなり飛び込むのではなく、ネットワークをつくって、どんな入り方がベストかを見極めてから行こうと。在学中はアフリカビジネスクラブのMarketing VP(マーケティング領域におけるVice President)を務めながら、ガーナでのスタートアップ、南アフリカのボストンコンサルティンググループ(BCG)やケニアのVCでのインターンと、アフリカの東西南それぞれで異なる形の関わり方を試しました。その中で最もフィットを感じたのがVCでした。それでその後、アメリカに戻ってから、ワシントンD.C.のVCでもインターンをしました。

――VCという選択肢は、どのように絞り込んでいったのですか?

才木:スタートアップのファウンダーの方々に対して、私自身が深いリスペクトを感じたのが大きかったです。アフリカでスタートアップをやるには相当な体力とリスクテイクの精神力が必要で、「自分にはちょっと難しい」と正直思いました。一方でVCなら、尊敬するファウンダーたちをサポートしながら、様々なジャンルの事業に関われる。京都大学の総合人間学部という、文系も理系も混ざったような学部にいた自分には、そのスタイルがすごく合っていました。

コンサルとも比較したのですが、電通時代に、営業として一流のクリエーターと一緒に仕事をする機会が多く、「ヒットよりもホームランを狙え」「我々はBest PracticeよりもSomething Newを求められている」という文化の中にいたので、ロジックだけでなく好奇心や将来予見力が活きるVCの方が自分らしいなと。

――HBSの学びで、今の投資活動に活きていることがあれば聞かせてください。

才木:「Additionality」という考え方です。「ある活動をした時、それをしなかった時と比較して、どれだけ大きな良い変化を起こせるか」という意味で、大学時代からずっと考えてきたことを、一言で表してくれる言葉に出会った感覚でした。私はもうキャリアをAdditionalityに全振りすると決めていて、Additionalityが高いことしかやりたくないんです。

――具体的にはどういうことでしょうか?

才木:例えば、電通・HBS・マッキンゼーというキャリアを経て、日本やアメリカで高給の仕事に就くのはAdditionalityが低い。なぜならみんながやっているから。では自分がどこに行けば最も大きな価値が生まれるかを考えた時に、アフリカでスタートアップに日本のキャピタルを持ち込むことだという結論になりました。 北アフリカを選んだのも同じ理由です。当時、日本・アジア系のVCが誰もいなかった。誰もいないということは、Additionalityが最も高い場所だということですから。

カイロに住んで分かった「細部に宿る」投資先の本質

――2022年にカイロへ移住されて、実際に現地で投資活動をしてみていかがでしたか?

才木:ほとんどのことが、現地にいて良かったと感じることばかりでしたね。一番大きいのは、エコシステムに受け入れてもらいやすかったことです。エジプトはすごくインクルーシブな文化で、同じ水を飲んで同じご飯を食べている人間として見てもらえる。

紹介ベースで投資につながったケースも多いですし、チュニジアやモロッコなどの近隣国はもちろん、ケニアやナイジェリアなど、アフリカにおいてエジプトと並ぶ大きなエコシステムを持つ国のイベントにも、直行便で気軽に足を運べるので、そこで出会った企業に投資するということもできました。

――現地にいたからこそできた投資の例を、具体的に教えてもらえますか?

才木:今うちのポートフォリオの中で最も期待している会社があるんですが、その会社のオフィスを訪問した時のことが印象に残っています。壁に「時間を大切にしなさい」という張り紙が貼ってあったんです。

実際の張り紙の写真。“時間を尊重しよう”、“計画を尊重しよう”、“時間を尊重しないものに成功はない”と書かれている


エジプトってインドと似ていて、時間にわりとルーズな文化なんですね。そういう環境の中で、しかもオフィスの壁に貼り出してまで時間の大切さを徹底しようとしている。この会社は普通じゃないなと思って、写真を撮って投資メモに載せました。

――その会社は、今どうなっているんですか?

才木:現在、エジプト・サウジ・UAEを中心に中東・アフリカ地域21カ国に渡って、380万人以上の累計ユーザーがいて、サウジアラビアでのIPOを狙っている会社に育っています。実は投資当時、ファウンダーはカイロやアレクサンドリアといったエジプトの大都市出身ではなく、出身大学もエジプトエコシステムでよく見かけるカイロの一流大学卒でもなく、さらには英語もあまり得意ではないことなどから、他のVCの多くがパスしていたような会社でした。

しかし結果、投資から3年で売上が6倍近くになるような急成長を遂げています。出張ベースでの訪問だったら気づけなかったと思います。現地に住んでいて、オフィスにも気軽に行けるからこそ見えた「細部」でした。

――アフリカのスタートアップを投資対象として見る時、日本と異なる判断基準はありますか?

才木:大きく3つあります。1つ目はファウンダーの資質です。政治も経済もマクロも流動的に変化する地域では、ピボットは当たり前に起こります。そういう環境で唯一安定しているのは人間なので、この“人を見る目”が特に重要です。

2つ目はTAM(Total Addressable Market)、つまり市場規模の大きさです。アフリカ投資はリスクが多層的なので、それを補ってあまりあるアップサイドがないと投資商品として成り立ちません。最低でも売上ベースで5億ドル、できれば10億ドル規模の市場を見ています。

3つ目は顧客のペイン(解決すべき課題)の深さです。日本やアメリカはどちらかというとゲイン(より良くなること)を追求する市場ですが、アフリカは顧客のペインが先に大きく存在している。ペインが深いビジネスほど、政治やマクロが揺れても顧客が離れにくい。そこを重視しています。

――起業家に求められる資質も、日本とは違うのでしょうか?

才木:違いますね。アフリカは54カ国に分断されているので、VCが投資できるような大きなビジネスにするには、多国展開を視野に入れたビッグビジョンが必要になることが多いです。

日本は購買力も高くインフラも整っているので、着実にやれば国内だけでも十分稼げる。でもアフリカはそうではありません。私はよく「世界で最もビジネスが難しいマーケット」と言っているんですが、だからこそ本当に優秀な人材が必要な場所だと思っています。

なぜ「アフリカ×中南米」なのか——データが示す、資本不足の最前線

――1号ファンドで24社への投資を完了されました。2号ファンドではどのような戦略を考えていますか?

才木:2号ファンドは「アフリカと中南米」を組み合わせたファンドを考えています。この組み合わせ、世界でも前例が少ないですし、日本・アジア発のVCとしては初めてとなります。

――なぜその2つの地域を組み合わせようと思ったのですか?

才木:世界のスタートアップ投資を地域別に見た時に、一人当たりの投資額が最も低いのがアフリカで、GDP対比の投資額が最も低いのが中南米なんです。つまりこの2つが、今最も資本が不足しているマーケットだということになる。 具体的な数字で言うと、2025年時点の一人当たりスタートアップ投資額はアフリカが1.55ドル、中南米が5.35ドルです。日本の44.55ドル、北米の508.62ドルと比べると、その差は歴然としています。GDP対比でも同様で、アフリカは0.075%、中南米は0.050%と世界最低水準です。

私はAdditionalityを最大化したいので、1億円を追加で持っていった時に最も大きな変化を生める場所はどこかと考えると、アフリカと中南米という答えになりました。

――中南米はアフリカとかなり異なる地域のように思えますが、組み合わせる理由はそれだけですか?

才木:実はアフリカと中南米は構造的にすごく似ているんです。どちらも国が細かく分断されていて、大きなビジネスにするには越境展開が必要になる。言語も、アフリカは英語とフランス語、中南米はスペイン語とポルトガル語と、それぞれ2言語に集約されていて似た構造を持っています。東南アジアのように国ごとに言語がバラバラなのとは大きく違います。

もう一つ重要なのが、アフリカ投資の最大の課題であるエグジットの少なさを補完できるという点です。アフリカはIPOも買収も件数が少なくて、これはアフリカでVCをやっている人間が全員頭を抱えている問題です。一方で中南米はアメリカに近いこともあり、M&AやIPOの事例が相対的に多い。この2つを組み合わせることで、ファンド全体としての流動性を高めることができます。

――日本企業のアフリカ・中南米への進出状況はどう見ていますか?

才木:日本企業は世界に約8万8000の海外拠点を持っているんですが、その大半が中国・東南アジア・北米・欧州に集中しています。たとえばベトナム1か国で、アフリカ54カ国全体の2.5倍、中南米33カ国全体の8割以上の拠点数に達します。ナイジェリアやエジプトの経済規模(GDP)やエジプトやモロッコの発展ステージ(GDP per Capita)はベトナムやフィリピンと大きく変わらないのに、拠点数には雲泥の差がある。このように比較してみると、日本企業はアフリカ・中南米への進出がまだ少ないものの、ビジネスチャンスは十分あるはずなんです。

――2号ファンドの先に描いている絵はありますか?

才木:「グローバルサウスVC」という大きな構想があります。1号でアフリカ、2号でアフリカと中南米、3〜4号でアジアに戻ってくるというイメージです。普通の日本企業や日本のVCは、物理的近接性を活かしつつ東南アジア、インドという順番で進出してきていますよね。私たちは、物理的近接性でいうと再遠方、新興国における発展ステージ(一人当たりGDP)の両端から入って「ものさし」を作り、その視点で真ん中にいるアジアを見ようと考えています。

そうすることで、他のVCにはない角度でアジアの現地スタートアップに投資できると思っています。また、10年後には日本のスタートアップがアフリカや中南米に進出する動きも出てくるはずで、その時に最良の水先案内人になれればと考えています。

「まだ誰もやっていない」は、リスクではなくチャンス

――日本企業がアフリカや中南米に目を向けるべき理由を、改めて教えてください。

才木:よく日本企業の方と話していると、2つの反応に分かれるんですよね。「これはチャンスだ」と思う人と、「まだみんなやっていないんだ、じゃあうちもやらなくていいか」と思う人。後者が日本企業には多い印象があって、それがもったいないなと感じています。

長期的な視点で見れば、このマーケットは絶対に無視できなくなります。2050年に向けて世界の人口の90%近く、経済の70%近くを新興国が占めるようになると言われています。AIがどれだけ発展しても、最終的に経済価値は人間に紐づく。人口が集中するグローバルサウスから目を背け続けることは、長期的には大きな機会損失だと思います。

――変化のスピードという点ではどうでしょうか?

才木:新興国の動きは本当に早いんです。データで見ると、2025年から2035年の10年間でアフリカのGDPは約1.69倍、中南米のGDPは約1.55倍になる予測が出ています。日本が同じ期間で1.2倍程度と言われているのと比べると、スピード感がまったく違う。日本の感覚で「そのうちやろう」と思っていると、5年の遅れが10年、15年分の遅れになりかねません。新興国ではファーストムーバー(新しい市場やビジネス領域に、他社より一番早く参入して動き出すプレーヤー)であることの価値が、先進国よりはるかに大きいんです。

――では、具体的に何から始めればいいでしょうか?

才木:まずはファンドへの出資という形から入るのが、リスクを抑えた第一歩として有効だと思っています。いきなり自社で進出したり、現地企業とJVを組んだりするのはリスクが高い。一方でコンサルにレポートを作ってもらっても、数十ページの資料が手元に残るだけで終わってしまう。

ファンド出資であれば、たとえば、私は1号ファンドの投資期間4年の間に、865社と面談をした上で、24社に投資していますが、投資した24社はもちろん、投資はしなかった840社以上の現場最前線で活動する面談先スタートアップたちも含めた情報や知見へも、ファンドを通じてアクセスしうる。しかもバランスシート上の投資として処理できるので、コストにならない。10年間のパートナーシップとして、マーケットへの理解を深めながら将来の進出や連携の機会を探っていただける関係になれると思っています。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。

才木:アフリカや中南米をまだ遠い話だと思っている方に、少しでも「面白そうだな」と感じてもらえたら嬉しいです。私自身、20年前にアフリカを旅した時から一貫してこの地域に関わり続けてきて、今も確信しているのは、ここには大きなポテンシャルがあるということです。

世界の情勢が内向きになりつつある今だからこそ、グローバルサウスに目を向けることのAdditionalityは高いと思っています。誰もやっていないことの中にこそ、大きな価値がある。それは投資家としてだけでなく、一人のビジネスパーソンとして、ずっと信じてきたことです。

才木氏が人生をかけて追求する「Additionality」という概念は、起業家マインドの本質そのものではないだろうか。誰もやっていない場所に飛び込み、自分だからこそ生み出せる価値を最大化する。その姿勢は、才木氏が投資する起業家たちと重なって見える。世界中のファウンダーたちから信頼を得ているのも、自らが同じマインドを持つ投資家だからこそだと、取材を通じて納得した。 そしてもう一つ、強く印象に残ったのは、驚異的な行動力の裏にある緻密なロジックだ。誰もやっていないことへの挑戦には勢いも必要だが、才木氏の場合、その勢いはデータと思考によって裏打ちされている。アフリカと中南米を組み合わせた2号ファンドの構想も、決して勢い任せではない。才木氏が見据えている勝ち筋が、現実になる日が楽しみだ。